冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

文楽11月公演 「心中宵庚申」「紅葉狩」

 木曜日に大阪の国立文楽劇場で「心中宵庚申(こうしん)」と「紅葉狩」を見ました。どちらもこれまでに何度か見たことのある演目です。

 「心中宵庚申」は近松門左衛門作。お千代と半兵衛という、恋人同士ではなく夫婦が心中するところが珍しい。現実に起きた事件をモデルにしているそうです。
 これまでの記憶では「重い」「辛気臭い」という印象が強かったのですが、今回は思いがけないほど感動しました。特に、最後の段、「道行(みちゆき)思ひの短夜」は絶品でした。

 お千代は五カ月の子どもを身ごもっています。尋常に産んで育てることができていれば…という辛さを切々と語ります。
 半兵衛は八百屋の養子ですが元は武士。お千代を殺してから自分も死ぬのですが、武士の作法どおり切腹して、さらに自ら喉を掻き切ります。そしてゆっくりとお千代の亡骸の上に倒れ伏します。
 この様式美が哀切極まりなくて、泣いてしまいそうでした。

 道行といえば、「曽根崎心中」の道行のように華やかで妙に明るくて、そのおかげでカタルシスを味わうことのできる場面が多いように思っていましたが、「宵庚申」の道行は全く違っていました。

 もっとも、「曽根崎心中」(近松の傑作)は長い間上演が途絶えていたのが戦後になって復活した作品で、近代的な作劇術が用いられていますから、基準にするのはおかしいのですよね。

 「紅葉狩」は能から採った作品。更級姫(実は鬼女)が露骨に維茂(これもち)をナンパするところが可笑しかったです。
 舞台は一面の紅葉、前半の姫と腰元の衣装、後半の鬼女の衣装、維茂の衣装も美しく、目の保養になります。お囃子が入って派手な斬り合いになったりするので、「宵庚申」の暗い気分を吹き飛ばしてくれます。
 前半、更級姫を三人出遣いで遣っているのが不思議でした。なぜ出遣いにしたのか、よくわかりませんでした。

 文楽を見に行く時はいつも着物を着ます。この日も前もって用意しておいたのに、あいにくの雨で中止。

   文楽の錦秋公演着物着て

のはずでしたが、フィクションになってしまいました。