冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

「お正客バトル」

 前の記事で、初釜の日にお正客を引き受けたことを書きました。私の年齢、お茶歴から言うと、先生側(実際には、準備と当日の運営を手伝っているお弟子さんたち)から「お正客を」と頼まれると、断れないのです。

 私はお茶人としては謙遜でなく極めて未熟で、先生や連客(同じ席に同座する方々)に対して不十分な働きしかできません。申し訳ないと思いながらも、辞退すればご迷惑になることがわかっているので、お引き受けするのです。

 一般に、お茶会では一席が始まる前にお正客を決めます。お茶会では(とりわけ濃茶の場合。薄茶でもお客の人数が多い場合)、正客が連客を代表して、亭主と会話し、道具組みに込められた亭主のもてなしの心を汲んで連客に伝えたり、連客の知りたがっていることを代表して亭主に尋ねたりします。
 お茶会の一席が亭主と客との心の通い合ったものになるためには、正客の役割が計り知れず大きいのです。

 大寄せのお茶会(たくさんのお客を招いて開かれるお茶会。薄茶席が多い)では、誰がお正客をするかが大問題になります。
 主催者側の担当者がめぼしいお茶人(多くはベテランのお茶の先生)にお正客をお願いするのですが、ほとんどの場合、辞退されます。

 「とんでもない。ほら、あの方がいらっしゃいますよ」。担当者がその人のところに行くと、また同じセリフが繰り返されます。これが有名な「お正客バトル」。
 私がお正客になりたい、という自己主張のぶつかり合いではなくて、「私などとんでもない。どなたかほかの方に」という謙譲のバトルなのです。

 これを延々と繰り返されたのでは、お茶会はいつまでたっても始まりません。席主も連客も大迷惑です。
 こんなとき、男性はあっさりした方が多いです。「私はお茶のことを何も知らないのですよ」とおっしゃっても、「こちらで全てご説明しますから(恥はかかせません。大丈夫ですよ)」と申し上げると、すんなり引き受けてくださいます。難儀なのはベテランのおばさま、おばあさまたちです。
 いったいどこまで「謙譲の美徳」が染み付いているんでしょうか。女性は前に出てはいけない、一歩下がっているべき、という思い込みが強すぎて、そのことが周りの迷惑になっていることには目が行っていないようです。

 私は担当者が困り果てている様子を何度も目撃しているので、「お正客を」と頼まれたら、内心は「冗談やめてよ」と思いながらでも、引き受けることにしています。不毛な「お正客バトル」は避けたいからです。
 お茶会はみんなが楽しく、心豊かに過ごしたい、貴重なひとときです。