冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

初春文楽「摂州合邦辻」

 上演中の初春文楽公演を一部、二部ともに見ました。今回の公演は八代目竹本綱太夫五十回忌追善と豊竹咲甫(さきほ)太夫改め六代目竹本織太夫襲名披露の公演です。

 その「口上」は一部で行われました。正面に
八代目竹本綱太夫のモノクロ写真。私はこの方を存じ上げません。豊竹咲太夫のお父さんなのだそうです。舞台背景は龍を描いた墨絵。簡素で力強い印象です。

 舞台上には咲太夫と新・織太夫の二人だけが座っていました。口上を述べるのは咲太夫だけで、織太夫は終始、無言です。咲太夫の口上は真心が溢れていて、胸を打つものでした。

 もともと、文楽では襲名披露の口上はごく簡素に行われていたのです。このごろは歌舞伎の影響か、きらびやかでものものしい口上が増えています。今回は文楽本来の質素で心のこもったものだったので、好感が持てました。

 「口上」に続いて、追善と襲名の披露狂言、「摂州合邦辻(がっぽうがつじ)」の「合邦住家の段」が上演されました。

 演者の顔ぶれは次の通りです。

   中  竹本南都太夫、三味線・鶴澤清馗(せいき)
   切  豊竹咲太夫、三味線・鶴澤清治
   後  新・竹本織太夫、三味線・鶴澤燕三(えんざ)

 人形はヒロインの玉手御前を桐竹勘十郎、その父を吉田和生、ほかの方々でした。

 咲甫太夫改め織太夫は祖父が高名な三味線弾きの鶴澤道八(故人)。人間国宝の清治は伯父、
清馗は弟なのだそうです。

 話のあらすじははしょりますが、とてもドラマチックな内容です。ヒロインの玉手御前が理知的、行動的でしかも情に厚く、実にかっこいい。こんな女性像は文楽のほかの作品には存在しません。

 そして、新・織太夫さんの語りの凄まじいことと言ったら! 予想をはるかに超える大迫力でした。
 豊かな声量と広い声域、声質の良さ、巧みな表現力。どんなに大声を張り上げても心地よく聴いていられるリズム感の良さ。素晴らしいです。

 襲名すると、それまでも実力のあった方がさらに何倍もの力を発揮する姿を文楽でも歌舞伎でも繰り返し見てきましたが、この日の織太夫さんはまさにそのとおりでした。

 ほぼ満員の会場はすっかり興奮して、この披露公演は大成功でした。
私自身、見終わった後は織太夫さんの凄さにただただ圧倒されていました。

 ところが、終演後、時間が経つにつれて、思うことが変わってきたのです。
 確かに織太夫さんの語りは素晴らしかったのですが、にもかかわらず、今回の公演で最も注目すべきだったのは「口上」の前に上演された「平家女護島(にょごのしま) 鬼界が島の段」の豊竹呂太夫の語りだったのではないかと。

 続きは別の記事に書きます。