新春能「翁」を見ました
1月4日はこの3年ほど恒例になって来た初観能。大槻能楽堂で「翁」を見ました。演者は以下のとおりです。
翁 大槻文藏
三番叟 野村裕基
千歳 大槻裕一
面箱 中村修一
笛 杉 市和
小鼓 頭取 成田達志
胴脇 成田 奏
手先 曽和鼓堂
大鼓 亀井広忠
後見 赤松禎友
武富康之
地謡 多久島利之
齊藤信隆
山本章弘
梅若猶義
山本正人
大西礼久
齊藤信輔
寺澤拓海
狂言後見 野村萬斎
深田博治
会場が神々しいほど厳粛な空気に包まれました。とりわけ翁を舞う大槻文藏さんが橋がかりを極めてゆっくりと重々しく歩む姿には目も心も吸い寄せられます。
演者全員が舞台に揃った時の配置が絶妙で、寸分の無駄もない美しさが感じられました。
千歳(せんざい)の大槻裕一さん(大槻文蔵さんの芸養子)が若さ溢れる力強い舞を見せたあと、いよいよ翁の舞です。大槻文藏さんの翁は一昨年拝見しています。昨年は観世銕之丞さんで、この方もよかったのですが、やはり大槻文藏さんは別格です。辺りを払う存在感と品格。私には神そのもののように気高く見えました。
翁と千歳は退場し、三番叟(さんばそう)の舞が始まります。「翁」の中では、三番叟が舞う場面が一番長く、狂言方が務めます。
私は一昨年は野村万作さん(人間国宝)、昨年はその息子さんの野村萬斎さんで拝見しました。二人とも素晴らしかった!
今年は万作さんの孫、萬斎さんの子息の裕基さんが三番叟です。どんな舞を見せてもらえるだろうとワクワクしていました。
ところが、結果はとても残念でした。芸がまだ三番叟を舞う水準に達していません。声も体もできておらず、体がまとう空気感が希薄なのです。お祖父さんやお父さんとはキャリアがまったく違うのですから、比較するのが酷なのはわかっています。ただ、どうしてこの若い狂言師(18歳)に三番叟の大役を任せたのだろうと疑問に思ってしまいました。
途中からは孫を見守る祖母のような気持ちになり、無事に舞い終えることができるだろうかと、ハラハラしながら見続けていました。こんなことは初めてです。
きっとご本人が一番辛かっただろうと思うのです。後見として舞台上で子息の舞を見つめていた萬斎さんは厳しい表情でした。あとでお父さんにどんなに叱られただろうと思うと気の毒です。
伝統芸能の家に生まれて、芸を受け継いでいかなければいけない子どもさんたちはつくづく大変ですね。
いつも「翁」を見たあとは心身ともに清められた気がして、清々しさに満たされて家路に就くのに、今回はその気分を味わうことができませんでした。
調べてみると、万作・萬斎・裕基の親子三代で昨年9月、パリで三者三様の三番叟を披露しているのだそうです。そのとき裕基さんはどんな舞を見せたのでしょうか。
今月、東京での公演では裕基さんは面箱(めんばこ)の役を務めています。この人、今の段階では面箱をじっくり稽古したほうがよいと思いました。
ちなみに萬斎さんも18歳で三番叟を披(ひら)いています。萬斎さんが18歳で舞った三番叟が見たくなりました。
「翁」の後、狂言「隠狸(かくしだぬき)」。万作さん・萬斎さん親子がたっぷりとまろやかな芸を見せてくれ、心地よく笑わせてもらいました。裕基さんの不十分さをいくらかは補っていただくことができました。
締めくくりは能「国栖(くず)」。前シテ・漁翁、後シテ・蔵王権現を観世銕(てつ)之丞さんが務めました。登場人物が能楽師7人、狂言師2人と、華やかな舞台です。
昨年の一時期、京都の有斐斎弘道館へ謡の稽古に通っていました。そのときの曲が「国栖」でしたので、内容はあらまし知っており、わかりやすかったです。謡本だけではわからなかった部分も視覚的に表現されることでよくわかり、楽しめました。残念ながら途中、少し眠ってしまいましたが。
この曲、後シテの蔵王権現が面も装束も舞も実にかっこいいのですが、後シテが登場してから引っ込むまでの時間がとても短いです。一番盛り上がるシーンなのにあっけなく終わってしまうので、やや物足りなさを覚えてしまいました。めでたい気に満ちた曲ではあるのですが。
ネットで調べたら、今月27日に京都の金剛能楽堂で「翁」が演じられることがわかりました。今まで見て来たのは観世流の「翁」ばかりです。金剛流の「翁」も一度見ておきたいと思い、チケットを申し込みました。「翁」の口直し(?)ができるかも、と期待しています。