冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「翁」「高砂」(クールジャパン大阪TTホール)

 3月1日(金)、クールジャパンパーク大阪のTTホールで開場記念公演の祝賀能が上演されました。演目は能「翁」と舞囃子高砂」でした。

 このホールは環状線大阪城公園駅と森ノ宮駅の中間くらいの場所に新しくできたもので、私は初めて行きました。一度に3つのホールができ、その一つらしいです。
 大阪城公園駅から歩いて、その外観を間近に見たとき、失礼ながら「お金をかけていない」「その場しのぎ」「掘っ建て小屋」といった形容が頭に浮かびました。一緒に行った友人は「工場みたい」と評していました。こんなホールで能を舞う能楽師さんたちが気の毒に思えました。


 開演前の舞台はこんな感じです。

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 老松を描いた鏡板が見られないのは寂しいですが、能専門の会場ではないので仕方ありません。座席の座り心地はまあまあです。ただ、能楽堂のような濃密な空気感は感じられず、ここで舞う能楽師さんたちをまた気の毒に思いました。

 演目は二つです。
 まず「翁」。「談山式 日吉之式」という見たことのない小書が付いています。主な出演者は次のとおりでした。

   翁     梅若実玄祥(以下、梅若実さんと記します)
   三番叟  野村萬斎
   千歳    梅若猶義
   面箱    中村修

   笛     杉 市和
   小鼓 頭取 大倉源次郎
       脇鼓 吉阪一郎
       脇鼓 大倉伶士郎(源次郎さんのお孫さんのようでした)
   大鼓   谷口正壽

 梅若実さんの「翁」が見られる! と、期待しながら舞台を見つめました。すると、驚くようなことが次々と起こりました。
 まず、橋掛りから登場する梅若実さんの足元がおぼつかなく、拝見していて「大丈夫?」と心配になるほど弱々しかったことです。以前は丸々としていたお顔がすっかり痩せて、別人のような風貌です。体格も前よりずっと細く見えました。

 翁は(正確には「翁」を舞う太夫は)正先に座って深々と礼をする…と思っていたのに、梅若実さんは立ったままで礼をしました。その後、笛方のそばに座る…と思ったら、後見が持ち出した葛桶(かづらおけ)に座りました。やはり足が悪いのかな? と想像しました。

 千歳の露払いの後、一番びっくりしたのは「翁」の面をつけないで、直面(ひためん)のままで翁舞をされたことでした。
 翁を演じる太夫は翁の面「白式尉」を着けることで神になり、翁舞を舞うのだと思っていましたから、これにはしんそこ驚いてしまいました。

 しかも、その舞いぶりは足元ばかりでなく上体もふらふらしていて、今までに拝見してきた梅若実さんとは別人のようでした。どんなに高齢の能楽師でも体幹はぴしっと定まっているもので、それができなくなれば舞台に立つのをやめるのではないかと思います。
 三番叟の「揉の段」、面箱とのやりとり、「鈴の段」は今まで見てきた「翁」と同じでした。

 「談山式 日吉之式」という小書が付くと、こんな風に面を着けずに舞うのかもしれません。痩せて老人の陰影のあるお顔になられた梅若実さんは、以前の生命力が溢れるようなお顔よりは翁を直面で舞うのにふさわしかったとは言えます。
 でも、私はやっぱり面を着けて舞う「翁」がいいなあ。直面の翁には神格が感じられません。
 いつも「翁」を見終えた後はお祓いをしていただいたような清々しさを味わうのに、この日はそれが感じられませんでした。残念でしたし、梅若実さんの体調が気になりました。

 一昨年と去年、大槻能楽堂で素晴らしい「翁」を拝見して、そのレベルの「翁」を当たり前のように思っていましたが、どうやらそういうわけではないようです。演者の方々の技量(日頃の修練の賜物です)、その日の心身両面のコンディションやお互いの気持ちがそろってはじめて成立するものなのでした。
 そのことに気づくことができたのは、収穫だったと思います。まさに「一期一会」なのですね。

 続いて舞囃子高砂」です。主な出演者は次のとおりです。

   舞    片山九郎右衛門

   笛    杉  市和
   小鼓   吉阪一郎
   大鼓   谷口正壽
   太鼓   井上敬介

 舞囃子は、装束を着けずに、地謡とお囃子で見どころの部分を舞います。私はこの曲の謡はおおかた知っているのですが、舞を拝見するのは初めてでした。
 
 こちらは「八段之舞」という小書が付いていました。この小書が付くと、シテが拍子を踏むたびに緩やかな舞と急テンポの舞を切り替えながら繰り返すと下調べで知っていたので、そこに注目して拝見しました。
 シテと囃子方との呼吸が見事に合っていて、心が浮き立ちました。九郎右衛門さんが心身のエネルギーを集中して舞っていることが感じられました。

 その舞いぶりはとても力強いものでした。「高砂」には、もっとゆったりしたイメージを抱いていたので、これも少し予想外でした。
 本来、空間を強力に浄めるはずの「翁」でそれが十分に行われなかったので、その分まで補うために、より力を込めて舞ったのかな、という気がしました。
 九郎右衛門さんの舞を拝見するのはまだ二度目で、来てよかったと思いました。

 今日、能の見巧者である方のブログをのぞいてみたら、この公演の翌日、神戸の湊川神社梅若実さんの「羽衣」を見た感想が書いてありました。やはり足も体もふらついている状態で、普段の力強さが見られず、囃子方地謡の方々が息を呑んで梅若実さんの所作を見守っておられたそうです。
 昨年、大病を患って入院されたらしいのですが、その後回復してお元気になられたとネットで読んだのですけれど…。
 1日、2日の公演をなんとかやり遂げられた後、どうなったのか、気がかりです。

 この公演、チケット代がS席11,000円、A席9,000円と高かったので、見るのを諦めていました。ところが思いがけない方から良い席のチケットを無料で譲っていただけたのです。感謝しています。