冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「加茂」「小袖曽我」(金剛能楽堂)つづき

 まず、あらすじから(当日配られた資料からお借りしました)。

 富士の裾野での巻狩り(四方から取り巻き獲物を狩る)で父の敵・工藤祐経を討つことを決意した曽我十郎・五郎(シテ ・シテ ツレ)の兄弟は母(ツレ)にそれとなく暇乞いにやって来ます。母は喜んで十郎には会いますが、出家せよとの母の命に背いた五郎には怒って会いません。

 兄の十郎は弟のためいろいろ取りなし(弟は寺を出たが箱根にいた間は母のため、父の回向に心を尽くしたと)、母に恨みを述べて弟と立ち去ろうとするので、さすがの母も五郎の勘当を許します。

 兄弟は喜びの酒を酌み交わして舞います。親子の最後の対面をも意味する舞ですが、名残惜しくても狩場に遅れてはいけないと、母に別れの挨拶をして出立します。

・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・

 題名の「小袖」は、母親が兄弟に餞別として小袖を与えるところから来ているのですが、その場面は省略されています。

 曽我ものといえば、歌舞伎では祝祭性の強いジャンルで、お正月に上演されることが多いのです。能の曽我ものにはそういう性格がないんだな…と思っていたのですが、クライマックスの兄弟の舞で印象が変わりました。喜びと悲しみが入り混じった舞であるはずなのに、見ているうちに何かを祝福しているような、見所(客席)が祝福されているような性質が感じられたのです。

 シテ(十郎)は金剛龍謹(たつのり)さん。直面(ひためん)での舞がよく似合う、美形の能楽師さんです。「直面のときは、能楽師の顔が面(おもて)の代わり」と聞くとおり、表情はまったく動きません。体幹に揺るぎがなく、キレの良い動きに品格があって凛々しく、まことに美しい。終始、見とれてしまいました。美しさそのものが祝福を感じさせたのかもしれません。

 ツレ(五郎)は山田伊純さん。びっくりするほど小顔の美青年です。舞の動きがシテにほんの少し遅れて見えたのは、シテに合わせようとするからでしょうか。連れ舞いの難しいところなのでしょう。

 「加茂」を見るのが目的で、「小袖曽我」には何の期待も抱いていなかったのですが、龍謹 さんの舞に圧倒されました。良い意味で予想を裏切られた舞台でした。