冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

大倉流祖先祭(大倉源次郎さんお社中会。大槻能楽堂)

 昨日も大槻能楽堂に行ってきました。「大倉流祖先祭」。中身は小鼓方で人間国宝の大倉源次郎さんのお社中会です。私が習っている素人義太夫でも、年に一度、社中の発表会が催されます。義太夫を語るのは素人弟子ですが、三味線は文楽劇場のプロの三味線弾きさんが担当してくださり、毎年贅沢な思いをさせていただいています。

 大倉源次郎さんのお社中会も、小鼓はもちろんお弟子さんが打ちますが、シテやほかのお囃子はプロの方が勤められます。その顔ぶれはというと、シテ方では大槻文藏、片山九郎右衛門、味方玄、金剛流のご宗家親子、笛は杉市和さん、太鼓は三島元太郎さんなどと、超一流の方々なのです。大倉源次郎、大槻文藏、三島元太郎のお三方は人間国宝です。しかも社中会の常で入場料は無料! この情報を入手して、ぜひ行かなくてはと思いました。

 会は11時に始まりますが、私が着いたのは12時半頃でした。ちょうど金剛流舞囃子、「淡路」が始まるところでした。小鼓を打つのは淡い色の着物に臙脂色の袴を着けた女性でした。シテは金剛龍謹さん、大鼓は山本哲也さん、太鼓は中田弘美さん、笛は斉藤敦さん。お囃子の三人はよくお見かけする顔ぶれです。地謡三人のうち一人は金剛永謹さんでした。

 龍謹さんの舞は「小袖曽我」で拝見したとおり、まことに美しい。小鼓の音は小さめです。女性の場合、打つ力が弱いのでしょうか。大鼓の山本哲也さんは、その音の小ささに合わせて自分も控えめに打つ…のかと思ったら、とんでもなかった! 普段の舞台とまったく変わらず、全力投球していました。ほかの演者の皆さんも同じです。素人の発表会とは思えない仕上がり。観客としては見応え聞き応えたっぷりでした。小鼓を打たれた方にはとてつもなく大きな刺激になったことでしょう。

 次の曲は「水無月祓」。プログラムには「味方玄 桂吉坊」と記されています。吉坊さん、またトークでもするのかな? そうではありませんでした。吉坊さんが小鼓を打ち、味方さんが謡をされたのです。吉坊さんの小鼓、とても上手でした。古典芸能に詳しいとは知っていましたが、ご自分でもこんなお稽古事をなさっているのでした。きっと米朝さんの影響なのでしょう。

 この後、「蓮如」「鷺」「自然(じねん)居士」「卒都婆小町」「天鼓」「安宅 瀧流之伝」(梅若紀彰さんの舞を初めて拝見。素晴らしかった)「放下僧」「船弁慶」「屋島」「鵜の段」「三井寺」「羽衣」「三輪」「邯鄲(かんたん)」(片山九郎右衛門さん)「班女」「安宅」(金剛龍謹さん。この安宅も良かった)「柏崎」(小鼓はプロの方)「鐘之段」(これもプロの方)「邯鄲」「葵上」「天鼓」と続きました。舞囃子のほかに、謡(一人か二人)と小鼓だけという形もあり、その小鼓がお弟子さんばかり7人というのもありました。小鼓の奏者は女性がほとんど。皆さん、華やかな着物姿で、袴を着けている方もいます。音色はやはり弱めですが、テンポは正確で、どれだけお稽古を重ねているかがうかがえました。

 私の大好きな(という言い方も失礼ですが)大槻文藏さんは4回も出演されました。曲は「鷺」「天鼓」「屋島」「三輪」です。眼福! 気づいたのは、文蔵さんがとてもおしゃれだということ。毎回、衣装を替えておられたのです。例えば「鷺」では着物も袴も白に近いような淡い色の組み合わせで、鷺の姿をイメージすることができました。しかも扇子は朱色と金色の取り合わせ。鮮やかさが衣装のあっさりした色合いに映えていました。

 4曲の中では「三輪」が一番良くて、文藏さんが神々しく見えました。大鼓・山本哲也、太鼓・三島元太郎、笛・杉市和、地謡・梅若猶義、梅若紀彰、赤松禎友、という顔ぶれもすごいです。舞囃子でしたが、ぜひ能で拝見したいものと思いました。

 金剛永謹さんと龍謹さん、味方玄さんも4回ずつ出演。片山九郎右衛門さんは3回でした。杉市和さんは5回! この方の笛が大好きなので、とても幸せな気分に浸れました。斉藤敦さんという若い(40代半ばだそうですが、もっと若く見えます)方の笛にも心を引かれました。

 「天鼓」のあとは「蝉丸」、謡は今村哲朗さん、小鼓はプロでしかも大物の久田舜一郎さん。このあたりで6時を過ぎたので、帰らなくてはなりません。久田さんの小鼓を途中までしか聞けなかったのは残念でたまりませんでした。強く打つ音がよく響くだけでなく、軽く打っているように見えるときも耳に心地よい深みのある音が響きます。さすがにプロは違います。

 プログラムではこの後、源次郎さんのお子さんの大倉美沙都さんや伶士郎さん、三奈さん(この方はお孫さんでしょうか? よく知らないのですが)が登場し、そして大トリは源次郎さんで「難波」だったのです。最後まで聞けなかったのは断腸の思いでした。

 ほとんどの場合、小鼓を打つお弟子さんの後ろに大倉源次郎さんが座り、後見をなさっていました。師匠が後ろについていてくれるということがお弟子さんにはどんなにか心強かったことでしょう。

 行く前は、社中の方々のご家族やお友達だけでも客席はほぼ埋まっているだろうと想像していたのに、お客の入りは半分くらいでした。なんともったいない! お社中会の性格上、あまり宣伝しないからかもしれません。私はたまたまこの催しのことを知ることができて、ラッキーでした。当日は無料だというのに一筆箋のお土産まで付いていました。

 プログラムの最初に源次郎さんの「ご挨拶」が載っており、「大阪の誇る大槻能楽堂の改修補修工事に当たり微力ながらご協力させて頂くとの念いで開催させて頂きます。」と記されていました。「一昨年の大阪能楽堂の閉館は筆舌に尽くしがたい後悔の念が残りました。」「全国の民間運営の能楽堂の経済状態は危機的な状況に有ります。」とも。

 ひょっとしたら能楽師さんたちのギャラはすべて寄付に当てられたのではないかしら? 大槻文藏さんが登場のたびに衣装を替えておられたのは見所へのもてなしの気持ちだったのかも? これは私の想像です。(改修工事については、わずかですが寄付をさせていただきました。)