冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

松竹座七月大歌舞伎「「渡海屋・大物浦」続き

 3本目めは「義経千本桜」から「渡海屋」「大物浦」です。過去に何度も見たことのあるお芝居です。『文楽ハンドブック』(三省堂)から、あらすじを引用します。

 義経一行は大物浦に到着、そこから九州の豪族尾形を頼って舟に乗る予定だった。船宿渡海屋には、主人銀平、女房おりう、二人の間に娘お安がいる。がこの一家こそ壇の浦で死んだはずの平知盛、女官典侍局(すけのつぼね)、そして安徳天皇だった。風の具合もよしと(義経一行に)出発をすすめて乗船させたあと、知盛は家来とともに襲撃する。しかし義経もさるもの、計略の裏をかいて知盛を追いつめた。典侍局は自害、安徳天皇義経の手元に、知盛は負けを悟って壇の浦での偽装入水を再現して、碇(いかり)とともに今度は本当に海中に身を投じる。

・・・・・・・・・・・ここまで

 銀平実は知盛を仁左衛門、おりう実は典侍局を孝太郎、義経菊之助という配役です。久しぶりに見る仁左衛門さんはやはり大きく美しく見え、目が離せません。この人一人いれば舞台が成立するほどの存在感です。知盛の役柄は様式的な部分が多く、それもまた歌舞伎の良いところであり、私の好きなところでもあるので、楽しめました。

 ただ、孝太郎の演じる典侍局と女官たちは感情表現が大仰で、見ていてしらけてしまい、感情移入するどころか、笑いたくなってしまいました。こんな風に感じたことは今まで一度もなかったのですけれど。

 銀平が正体を現すとき(知盛であることを明らかにするとき)、衣装は輝くような白で、武具は銀色です。家来たちは白一色で、まるで亡者のように見えます。この衣装、能の「船弁慶」の後シテ、知盛の亡霊が義経一行に襲いかかる時の様子を表現しているようです。今まで何度も見てきたのに、初めて気づきました。

 そして知盛の白一色の衣装が血まみれになる後半が壮絶でもあり、白と赤のコントラストが悲壮な美しさです。極端に言うと、仁左衛門が出ている場面はすべて良くて、そうでない場面はどうでもよかった。…と言いそうになりますが、家来役の俳優さんたちがきっちり演じているから、仁左衛門が引き立つのですね。

 長年、歌舞伎が大好きで、最初から最後まで熱中して食い入るように舞台を見つめていたのに、今回はなんだか少しさめた目で歌舞伎を見てしまい、そんな自分に驚いていました。