冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「蝉丸」(金剛能楽堂)

 21日(土)、TTR能プロジェクト京都公演「蝉丸」を金剛能楽堂で見ました。

 「TTR能プロジェクト」は小鼓幸流・成田達志さんと大鼓大蔵流山本哲也さんがプロデュースする能の公演プロジェクトです。門閥や所属地域を超えた実力主義による配役が行われるのが魅力。私は今回、初めて拝見しました。

 「蝉丸」は滅多に上演されない曲です。シテ・逆髪(さかがみ)、ツレ・蝉丸の両方に抜きん出た技量を備える能楽師をそろえることがなかなか難しいからです。今回は逆髪に片山九郎右衛門、蝉丸に大槻文藏、地謡の頭に梅若実という最高の組み合わせで上演されることになり、「これはなんとしても見ておかねば」という気持ちになって、早くからチケットを取っておきました。

 公演は午後からなのですが、午前中11時から「『蝉丸』が120%面白くなるTTR講座」が開かれ、こちらにも参加しました。能楽師の味方玄(しずか)さんがこの曲についてレクチャーされました。

 蝉丸は百人一首の「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」で知られる人物。「今昔物語」に身分の低い琵琶の名手として登場します。次に登場するのは「平家物語」で、ここではなぜか皇族の一員とされています。

 能では蝉丸は天皇家の第四子なのですが、生まれながらに盲目。父・帝は蝉丸を逢坂山に捨てるように命じます。臣下は蝉丸に同情しつつ泣く泣く逢坂山まで輿(こし)で運び、髪を剃り出家させ、傘と杖を与えて去ります。近辺にいた博雅(はくが)の三位という人物(映画「陰陽師」で伊藤英明が演じていた安倍晴明の友人と同じ人物だそうです)が皇族であり琵琶の名手、蝉丸と知り、藁屋に住まわせて世話をします。

 一方、帝の第三子(つまり蝉丸の姉)、逆髪(女性)はなぜか髪が天に向かって伸び、それ故にか狂乱して都をさまよい、やがて逢坂山にやってきて蝉丸と再会します。逆髪と蝉丸はその身の上を互いに嘆き慰め合い、ひとときを過ごしますが、逆髪には一所にとどまらず放浪を続けることが運命づけられていて、弟に別れを告げ、去っていきます。

 逢坂という土地は都の文化圏の外れであり、東へ向かう人々や東からやってくる人々が行き交う交差点のような所でもあるので、芸能者や障害者はその旅人たちに芸を見せることで糊口を凌いだのだそうです。

 こうした大まかなお話の後、能舞台に上がって味方さんの指導のもと、構え(姿勢)を教えていただき、橋掛りを一人ずつ揚幕から舞台へ能独特のすり足で歩くという体験をさせていただきました。ただし、白足袋持参の人限定です。私はもちろん用意していきました。

 一人ずつ、味方さんが付き添うようにして構えを教え、一緒に歩いてくださるのですが、難しくて全然できませんでした。でも、めったにできない体験なのでとても興味深く、楽しめました。

 午後からの公演では文藏さんと九郎右衛門さんの謡が素晴らしかった! 今回はシテとツレが同格という特殊演出でした。 お二人とも、じっと座っているだけの場面も多いのですが、その座っている姿の存在感が強烈でした。二人の人物から、障害など人と変わったところがあると追い出してしまう社会、追い出される側の悲哀、どうにもできない絶望的なほどの孤独(博雅の三位という人物は救いです)が感じられました。600年も前にこんな作品が書かれていたことに驚いた。と、はじめは思っていましたが、600年前の人々の方がこうした人間社会の本質的な問題に敏感だったのかもしれません。

 書くのが最後になってしまいましたが成田達志、山本哲也お二人のお囃子もとてもよかったです。拝見したところでは中堅から少し上くらいのお年頃ではないかと思います。これからもTTRプロジェクトに注目していくつもりです。