冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

先代・市川猿之助(現・猿翁)のお弟子さんたち

 先日、Uチューブで配信された「スーパー歌舞伎セカンド オグリ」を見て、先代猿之助が育てたお弟子さんたちの歩みに改めて思いを馳せました。梨園出身者以外は(主役級の俳優としては)活躍できない歌舞伎界で(脇を固める俳優さんや「その他大勢」になることはできますし、そうした俳優さんが実力を備えていることは歌舞伎にとって非常に重要ですが)、猿之助は一般家庭出身の若手(多くは国立劇場俳優養成所の卒業生)を一人前の歌舞伎役者に育てるという大事業に取り組んできたのです。

 「オグリ」で三郎を演じていた市川笑也(えみや。以下、姓はすべて市川です)。現在61歳。 若い頃は美貌の女形でした。師匠の大抜擢でスーパー歌舞伎ではいつも猿之助の相手役を演じていました。「オグリ」「ヤマトタケル」など、美しくて存在感があり、演技力も及第点でした。

 ところがこの俳優さんは、古典歌舞伎の作品となるとアラが目立ちました。せっかく大きな役をもらっても、こなしきれないのです。身のこなしやセリフ回し、その人物の格の表現など、「何か違うなあ」という印象でした。やはり幼い頃から歌舞伎役者の家で育ち、歌舞伎の空気を呼吸し、日本舞踊などの習い事をきちんと習得してきた人たちとの差を埋めるのは難しいのかなあと思っていました。

 ところが、片岡愛之助は一般家庭の出身なのに、そうした違和感を感じさせないのです。同じ猿之助一門でも、「オグリ」で五郎を演じた猿弥(52歳)は、今でも古典歌舞伎の舞台で活躍しています。笑也は不器用なタイプなのかもしれません。もっとも、私は最近ほとんど歌舞伎を見ていないので、その後ぐんと成長しているかもしれません。

 大納言の妻と閻魔夫人を演じた笑三郎(50歳)は飛び抜けた美貌ではなく、女形にしては大柄過ぎて、役柄が限られがちな人でした。ところが「オグリ」ではその大柄なことが生かされて、顔も前より美しく見え、閻魔夫人のシーンでは隣にいる閻魔(浅野和之)を圧倒する存在感でした。古典歌舞伎もこなしているようです。松尾芸能賞国立劇場優秀賞など数々の賞を受賞しているところをみると、よほどの努力家なのでしょう。

 ここからは「オグリ」に出演していなかったお弟子さんです。まず、市川右近(56歳)。大阪の日本舞踊の家元の長男なので、体の基礎、動きの基本は若い頃からできていました。猿之助の弟子の筆頭格として舞台でも大きな役をもらい、活躍していました。

 その後、市川海老蔵のもとで右團次という上方歌舞伎の由緒ある名前を襲名しました。子息が右近の名を継いで歌舞伎俳優になり、親子同時の襲名披露でした。いつだったか海老蔵が復活狂言を上演した際、海老蔵の敵役を演じていました。が、なにか存在感が希薄なように感じられました。主役と敵役の魅力が拮抗してこそ舞台は面白くなるのに、海老蔵とのバランスが取れていないのです。海老蔵のように並外れた華のある役者さんと並んで舞台に立つのは大変なのでしょう。池井戸潤原作のテレビドラマ「陸王」で善人役を演じていたのが記憶に残っています。

 二枚目で身長も高く姿の美しい段治郎(51歳)は、一時、「ヤマトタケル」の主役を演じるほど師匠に認められていましたが、猿之助が一線を退いてから劇団新派に移籍し、喜多村緑郎という、かつての新派の名優の名前を継ぎました。私は新派の舞台は見ていないのでよく知らないのですが、活躍しているのではないかと思います。最近、鈴木杏樹の不倫相手としてマスコミで名前が取りざたされていました。

 もう一人、美形の女形だった春猿(49歳)はちょっと軽い感じのキャラクターでテレビのバラエティ番組に出たりもしていましたが、段治郎と同じく新派に移りました。新派での芸名は河合雪之丞です。

 先代猿之助浜木綿子と結婚して香川照之が生まれたのですがその後離婚し、息子とは生涯関わらないと決めていたらしく、自分には血を分けた後継者がいないこともあり、門閥中心の歌舞伎界に疑問を抱いて、一般家庭の子を一人前の歌舞伎役者に育てることをライフワークにしたのだろうと思います。

 ところが高齢になって病に倒れ、舞台には立てなくなってしまいました。香川照之は自分の息子(猿之助の孫)をどうしても歌舞伎役者にしたくて、父・猿之助と再会を果たし、自ら歌舞伎界に身を投じることで息子を歌舞伎役者に育てていく道に進みました。猿之助もこの展開を歓迎したようです。病気になってからは、猿之助門閥外の弟子たちを育てることが事実上できなくなり、香川照之との再会でその方面への興味も失ってしまったのかもしれません。右近、段治郎、春猿の身の振り方は、猿之助の変化によって余儀なくされたものだろうと想像できます。

 私は先代猿之助の舞台を、スーパー歌舞伎だけでなく古典歌舞伎でも何度か見てきました。「ケレン」が得意なことばかり強調されがちで、確かに「義経千本桜」の「四の切」でのアクロバットのような動きや「伊達の十役」でのあっという間の早替わりの連続など、目をみはる見事さでした。けれど、その部分を除外しても、歌舞伎の伝統を受け継ぐ役者として密度の高い演技を見せ、歌舞伎の味わいをたっぷり伝えてくれる人で、私は大好きでした。

 今の猿之助亀治郎時代にこの伯父のもとで修行していた時期があったのです。「オグリ」の猿之助に先代の面影が見えたように、古典歌舞伎の舞台でも先代の持っていた超一流の資質と技を消化して、これからますます開花させていくだろうと期待しています。