冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「翁」「鶴亀」「葛城」「小鍛冶」を見ました(京都観世会館)

 10日(日)、今年初めて能を見ました。京都観世会の1月例会です。一番の目的は「翁」を見ることでした。

 この数年はいつも1月4日に大阪の大槻能楽堂で大槻文藏さんの「翁」を拝見してきました。ところが今年は新型コロナの関係で公演が行われなかったのです。

 大槻能楽堂は昨春、コロナが流行り始めた時期に令和2年度(2年の4月から3年の3月末まで)の主催公演をすべて中止すると決めていました。観客がコロナに感染しないように、というのが第一だったでしょうが、東京方面から招く能楽師さんがかなりおられ、高齢の方々でもあり健康が懸念されることも理由として挙げられていました。それに、1年度から始まった大掛かりな改装工事がまだ終わっていなかったのです。

 そんなわけで、今年は「翁」を見られないお正月になるのかなあと寂しく思っていたところ、京都観世会館でこの公演が催されることを知り、チケットを取ったというわけです。

 「翁」は能というより神事に近い芸能です。揚幕の内側で火打石を打つカチカチという音が聞こえたかと思うと、幕の端から手が差し出され、橋掛かりに向けてまた火打石を打ちます。そのとき、火花が散ったのがよく見えました。

  翁の面を入れた箱を恭しく捧げもつ面箱、翁を演じる翁太夫(舞台上で翁の面を着けるまでは直面、ひためんです)が厳かにゆっくりと橋掛りを歩み、舞台に立ちます。千歳(せんざい)、三番三(さんばそう)、囃子方が続きます。

 翁は正先(しょうさき。舞台正面、中央のヘリぎわ)に座り、深々と礼をします。頭につけている冠の先が床に触れるまで頭を垂れるのです。その後、向かって右手のやや奥のあたりの定座に座ります。今回、翁大夫を勤めたのは片山九郎右衛門さんです。

 面箱は茂山虎真さん。初めてお見かけする方でした。見るからにまだ少年。この役を勤めるのは初めてだったかもしれません。緊張しているのが伝わってきました。でも、後の方で三番三とやりとりする場面で朗々と響く声を聞かせてもらいました。千歳は片山峻佑さん。この方も初めて拝見しました。少年と青年の中ほどのお年頃に見えました。三番三は茂山千之丞さんでした。

 九郎右衛門さんの翁には品格と威厳が感じられました。それにこの方の声は独特なのです。少しかすれたような部分と濃密な部分が混ざり合っているような感じ。味わいが深くて私は大好きです。髪が黒々としておられるので、あまり老人には見えませんでしたが…。

 千之丞さんもまだ30代の狂言師です。以前は茂山童司というお名前だったようです。私は前の千作さんや千之丞さんのお顔はよく覚えているのですが、二人とも高齢で亡くなられ、その後、その名前を襲名された方々のことはまだよく知らないのです。この若い千之丞さんの三番三は、庶民的で親近感が感じられました。野村萬斎さんの三番三のような洗練されたかっこよさはないのですが、ご自分の持ち味を生かした三番三なのでしょう。この三番三もいいなあと思いました。

 お囃子も素晴らしくて気持ちが盛り上がりました。小鼓の頭取は林吉兵衛さん。脇は林大和さんと林大輝さん。大鼓は谷口正壽さん(とりわけ良かった)。笛は最近、私がいいなと思っている左鴻泰弘さんでした。

 翁が登場する「翁ワタリ」から退場する「翁ガエリ」までの間、会場のドアは閉ざされ、途中入場はできません。観客席も厳粛な空気に包まれます。

 翁が退場した後、三番三の舞「揉の段」では緊張はややほどけます。続く「鈴の段」では三番三が「黒式尉(こくしきじょう)という面を着けます。翁面は「白式尉」。この二つはいわばセットなのでしょう。黒式尉の面を着けた三番三は人ではなくなるので、鈴を降って種を蒔くような所作や四方を浄めるような所作に「神性」の気配が感じられました。

 今では「翁」を見ないと年が明けたという気分になれなくなっています。今年も年初に質の高い「翁」を拝見することができて、心身を清めていただいた気がしました。ほかの曲については記事を改めます。