冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「土蜘蛛」(大槻能楽堂)

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 大槻能楽堂で2月8日に「土蜘蛛」を見ました。まずはあらすじをご紹介します。能ドットコムのサイトからお借りしました。

病気で臥せる源頼光(みなもとのらいこう)のもとへ、召使いの胡蝶(こちょう)が、処方してもらった薬を携えて参上します。ところが頼光の病は益々重くなっている様子です。

胡蝶が退出し、夜も更けた頃、頼光の病室に見知らぬ法師が現れ、病状はどうか、と尋ねます。不審に思った頼光が法師に名を聞くと、「わが背子(せこ)が来(く)べき宵なりささがにの」と『古今集』の歌を口ずさみつつ近付いてくるのです。よく見るとその姿は蜘蛛の化け物でした。あっという間もなく千筋(ちすじ)の糸を繰り出し、頼光をがんじがらめにしようとするのを、頼光は、枕元にあった源家相伝の名刀、膝丸(ひざまる)を抜き払い、斬りつけました。すると、法師はたちまち姿を消してしまいました。

騒ぎを聞きつけた頼光の侍臣独武者(ひとりむしゃ)は、大勢の部下を従えて駆けつけます。頼光は事の次第を語り、名刀膝丸を「蜘蛛切(くもきり)」に改めると告げ、斬りつけはしたものの、一命をとるに至らなかった蜘蛛の化け物を成敗するよう、独武者に命じます。

独武者が土蜘蛛の血をたどっていくと、化け物の巣とおぼしき古塚が現れました。これを突き崩すと、その中から土蜘蛛の精が現れます。土蜘蛛は千筋の糸を投げかけて独武者たちをてこずらせますが、大勢で取り囲み、ついに土蜘蛛を退治します。

・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・

 前シテ(法師、実は土蜘蛛の精)を演じたのは大槻文藏さん。私の一番好きな能楽師さんです。不気味な空気をまとった人物なのですが、きりっとして魅力的に見えました。ゆっくりとしか動かないのに、突然、手から糸を投げつけるので息を飲みました。その糸がたゆたうような動きを見せながら、美しい放物線を描いて何十本も飛ぶので、見とれてしまいます。届く範囲も思いがけないほど広いです。

 この糸は薄い和紙を3ミリ幅ほどのひも状に切って、細かく捻り、巻いて玉にしてあります。一直線ではない、独特の動きを見せるのは捻られているからでしょう。こうしたものはきっと一つ一つ手作りなので、準備が大変だろうなあと想像しました。法師は3つ4つ、糸を投げつけ、頼光に切りつけられて消えます。

 後場は、後見が運び込んで舞台中央やや奥のあたりに据えた山(土蜘蛛の巣)から後シテの土蜘蛛の精が現れます。「葛城山の土蜘蛛」と名乗るので、この巣は大和葛城山にあるということになります。前に紹介した能「葛城」も葛城山にまつわる伝説をもとにした作品でした。葛城山には古代の伝説がいくつも残っているようです。

 後シテを演じたのは大槻裕一さん。文藏さんの芸養子で23歳という若さです。通常は前シテ、後シテを一人の能楽師さんが演じます。今回、前後で演者が替わったのは、後場でのシテの動きが激しいので高齢の文藏さんより若い裕一さんの方がふさわしいという判断がされたのではないかと思います。それにこの曲は案外、上演される機会が少ないので、若い裕一さんに演じる機会を作る意味もあったのでしょう。

 後場ではシテは何度も何度も糸を繰り出します。見ていて華やかで、スリリングです。舞台の上は糸だらけ。シテもワキもそれを引きずりながらすり足で歩くのが大変そうでした。

 土蜘蛛というのは、実は大和朝廷に征服された先住民のことなのだそうです。ある能楽師さんのブログではこの役を演じる時、ショー的な要素だけにとらわれず、土蜘蛛の恨みや悲哀を表現することが大事だと書かれていました。でも、実際に拝見しますと、そこまで読み取ることは難しかったです。つまり単純に楽しめてしまうのです。

 この作品も歌舞伎が取り入れていて、見たことがあります。歌舞伎では「土蜘」と書いて「つちぐも」と読むようです。どの俳優さんが土蜘蛛の精を演じたかはすっかり忘れてしまいました。「石橋」と同じように、激しい動きや視覚的な美しさに富んでいて、歌舞伎化しやすい曲だと言えます。

 ワキ(独武者)は福王知登さん。囃子方は、笛、貞光智宣、小鼓、成田奏、大鼓、山本寿弥、太鼓、上田慎也と、若い方々でした。

 

動画を見つけました。

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