冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

「俺の家の話」と観世寿夫

 TBS系のドラマ「俺の家の話」(脚本・宮藤官九郎)が終わりました。能の家元の家族という設定だったので、毎回欠かさず見ていました。

 観山(みやま)流家元の長男、寿一役は長瀬智也。プロレスラーでもあります。この役を演じるために体を作って来て、試合のシーンを吹き替えなしで演じたのが素晴らしかった。でも、能は下手でした。初めの方で観山家の一門が集まった場で寿一が仕舞を演じ、一門の人々に後継者と認められるというシーンがありましたが、「あの仕舞で、なんで後継者OKになるの?」と不思議でたまりませんでした。

 もっともこれは最高レベルの能楽師さんたちの舞台を数多く見て来た(なんてエラソーなことを言っても、ほんのここ3年ほどの話なので全くたいしたことはないのですが)能マニア?能オタク?の私だから思ったことで、家族は「上手やったよ」と言っていました。大部分の視聴者には問題ないように見えたでしょう。それに、あの水準まで持って行くだけでもずいぶん大変だっただろうと想像できます。

 最終回で寿一の異母弟の寿限無桐谷健太能楽師が息子にこんな落語のような名前をつけますかね)が「角田川」(金春流以外では「隅田川」。撮影に金春流能舞台を使っているからか、「角田川」の表記になっていました)のシテをつとめましたが、仕舞も謡も下手でした。

 一方、家元の寿三郎(人間国宝という設定)役の西田敏行の謡は上手なのでびっくりしました。調べてみると、若い頃に在籍していた青年座の養成所で俳優養成の一環として謡の授業が行われていたのだそうです。そんなプランを思いついた養成所のスタッフは慧眼だと思います。その授業を受けて謡の基礎をしっかり身につけ、数十年後にもちゃんとうたえる西田敏行も立派です。

 さらに驚いたのは、このとき講師として招かれたのが観世寿夫(ひさお)だったということです。観世寿夫といえば、戦後能楽界のスーパースター。「世阿弥の再来」とまで言われたそうで、いまだに能楽師さんや能楽評論家が書いた本を読むと、この人にまつわるエピソードがよく出てきます。将来は人間国宝間違いなしと言われていたのに、78年に53歳で亡くなってしまいました。その死が能楽界に与えた衝撃ははかりしれないほど大きかったようです。残念ながら私はこの方の舞台を拝見したことはありません。

 このドラマ、介護という身近なトピックを扱ってもいて、面白く見ましたが、熱中するということはなかったです。05年に同じTBSで同じクドカン脚本、長瀬智也と(岡田准一と)西田敏行出演で放送されたドラマ「タイガー&ドラゴン」は夢中になって見たのに。なぜ今回はハマらなかったのかなあ。たとえば寿一が寿三郎を初めてグループホームに預けて帰るとき寿一が泣き出してしまったシーンで、音楽が「ここは泣くシーンだぞ!さあ泣け!」とばかりに盛り上がったのにはしらけてしまいました。そんな小さい違和感が積み重なったのかもしれません。

 「タイガー&ドラゴン」では落語が扱われ、名人役の西田敏行は落語を見事にやってのけました。西田敏行ってつくづくすごい俳優さんです。