冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

篠山春日能 「班女」「鵜飼」

 4月10日(土)、丹波篠山市春日神能舞台で「第47回 篠山春日能」を見ました。昭和48年から始まり、阪神淡路大震災の年に休演。昨年はコロナウイルスの感染拡大のため中止。それ以外は毎年開かれています。私がこの催しのことを知ったのは2年前でしたが、その後はすっかり忘れていて、この春、初めて見ることができました。

 これまでの記録を見ると、昭和60年の第13回からほぼ毎年、大槻文藏さんが出演なさっています。大槻文藏さんが大好きな私。もっと早く気づけばよかったです。

 

f:id:murasamenokiri:20210412215627j:plain

 能舞台は江戸末期に造られたという風情あふれる建築です。江戸城内にあった能舞台を模したものなのだそう。江戸城内の能舞台は明治期に失われ、こちらが今では重要文化財に指定されています。

 演目はまず能「班女(はんじょ)」。ハッピーエンドのラブストーリーです。シテの花子を浅見真州(まさくに)さんが演じるはずでしたが、体調不良のため休演。後見の上田貴弘さんが代演されました。

 冒頭、アイの茂山逸平さんの声がとてもよく響くのに驚きました。花子の恋のお相手、吉田少将(ワキ)は福王茂十郎さん。ワキとして最高レベルの方ですが、失礼ながらお年を召しておられ、ワキは面をつけないので、熱烈な恋物語の相手役としては老けすぎな気がしてしまいました。ご子息の和幸さんだったらどんなにか似つかわしいのになあ。なんて、能を見る態度としては邪道かもしれません。

 狂言「土筆」を挟んで、能「鵜飼」。あらすじを『能楽手帖』(天野文雄著、令和元年、角川ソフィア文庫)からお借りします。

 安房清澄寺から諸国行脚に出た僧たちが甲斐の石和(いさわ)で一宿しようとすると、里人から旅の者に宿を貸すことは大法で禁じられていると言われ、川辺の御堂に泊まることになる。そこに松明を手にした老鵜飼が自身の生業(なりわい)の罪深さを嘆きつつやってくる。その鵜飼は数年前に従僧に宿を貸した漁師だった。鵜飼はさらに、その後、禁漁の川で鵜を遣ったため、里人によって川底に沈められたことを語る。鵜飼はさらに生前の生業懺悔のため、鵜漁のさまを見せ、別れを惜しみつつ立ち去る。(中入)里人が鵜飼の悲劇を語り、僧たちに供養を勧めると、地獄の鬼が現われ、鵜飼は本来なら地獄に堕ちるところ、生前の善行(従僧への宿の提供)によって、極楽浄土に送られたと告げるのだった。

・・・・・・・ここまで・・・・・・

 通常の公演では前シテ・鵜飼の漁師と後シテ・地獄の鬼を一人の能楽師さんが演じます。すると後場には極楽往生を許された鵜飼はいなくなってしまうので、不自然だとされていたようです。今回は「古演出による」という小書が付いていたので、中入りはなく、鵜飼はそのまま舞台に残り、鬼は別の能楽師さんが演じました。これはとてもわかりやすくてよかったです。

 鵜飼の老人(亡霊)は大槻文藏さん、地獄の鬼は大槻裕一さん。ワキの僧は福王知登さんでした。文藏さんはこういう人物を演じると見事に弱々しく見え、体も小さく見えます。謡の声には一音一音に心を揺さぶられました。どうしてそういう気持ちになるのか、自分でもよくわかりません。裕一さんの鬼はダイナミックで力強く、老人をいたわるような仕草を見せるところが「地獄の鬼なのに優しいなあ」と思いました。

 この曲、老人が鵜飼のさまを見せる場面が見どころなのだそうです。僧が、「見せてほしい」と求めるのですが、殺生をする様子を見せろだなんて、変なお坊さんです。老人は鵜飼を良くない仕事とわかっていながら、実際にそれをやっていると愉しくてたまらなくなるのです。それでますます罪業が深いということになるようです。

 現代では鵜飼は観光としてもてはやされていますから(コロナの感染拡大で今どうなっているのかよく知りませんが)、今の私たちの感覚では鵜飼=殺生=罪が深い、という仏教的な考え方はすんなりとは理解できにくい部分があります。

 むしろ、人間は誰でも動物や植物の命をいただいて食べなければ生きていけない存在なのですから、そこに罪業の深さがあると言われる方が私にはわかりやすい気がしました。

 

 今まで薪能といった野外で行われる能の公演を見たことがなかったので、この日の催しはとても新鮮でした。野外公演は能を見慣れていない観光客が多いので遅れて来る人や途中で帰る人がいたり、おしゃべりが止まらなかったり、騒がしくてじっくり能を味わうのには向かないと聞いたことがありますが、この日は能が大好きな人ばかり集まっていたようでマナーも良く、舞台に集中できました。ただ座席はパイプ椅子なので、15分の休憩が1回あるほかは約3時間座りっぱなしというのは少し疲れました。慣れている方は座布団持参でした。私も来年からそうしようっと。毎年欠かさず見たい能の公演が一つ増えてしまいました。