冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

「おちょやん 」第105回、珠玉の15分

 放送中の朝ドラ「おちょやん 」、過去記事で「面白くならないわけがない」と書きましたが、その後は、思ったほど面白くなかったのです。主人公の千代を演じる杉咲花がしばしば早口でわめくような調子でセリフを言うのが耳障りで、しかも何を言っているのか聞き取れない。それがストレスに感じられて、まともに見なくなってしまいました。

 ところが終盤に入ってから、俄然面白くなってきたのです。千代が歳をとったからか、わめくようなセリフ回しは影を潜めました。かつて千代をひどい目に合わせた継母・栗子と再会して、栗子の孫(千代にとっては姪)の春子と3人暮らしを始めてからの様子は、見ていても心安らぐものでした。

 NHK大阪局で新しいラジオドラマの企画が進み、主演する喜劇俳優・花車当郎(塚地武雅。モデルは花菱アチャコ)と脚本家の長澤誠(生瀬勝久。モデルは長沖一)が千代を見つけ出し、ドラマに出演してほしいと説得しますが千代は拒みます。役者をやると、辛い事件(夫・天海一平…モデルは2代目渋谷天外…に手ひどい裏切りを受けたこと)を思い出してしまい、辛くなるから、と言います。

 そして迎えた今週最後の回が今日、第105回でした。これが素晴らしかったです。春子(毎田暖乃)の無邪気さを全開させた愛情あふれる演技。栗子(宮澤エマ)の抑えた、でも感情豊かで行き届いた演技。千代役の杉咲花は二人の演技に反応して、涙をぼろぼろ流していました。俳優さんによってはまぶたに少しだけ溜まった涙を、まぶたを閉じて押し出したりしますが、杉咲花は目を見開いたままで涙がいく筋も流れるのです。

 折に触れて小ぶりの花かごを送ってくれていたのが栗子だったとは! 「こっそりあんたのお芝居見るのがアテの生きがいになった」「見るたんびに元気もろた」「アテはあんたのお芝居が大好きや」。放送の最初の方で冷酷で性悪な女という刻印を残していた栗子のイメージが、今週は少し変わってきていました、それが今日は、決定的に覆りました。栗子の生きてきた人生、千代に寄せる思いが一気に浮かび上がりました。宮澤エマの演技には心をつかまれました。

 かつて、千代が栗子に対して抱いていたのは憎悪でした。栗子は千代に無関心でした。それが、共感しわかり合える関係に変わったのです。大きな変化を媒介したのは春子の存在でした。

 この回を見たら、後はもうどうでもいいかも? と思ってしまったくらい、今日の放送は奇跡のような出来栄えでした。ただ、冒頭、千代が学校に行く春子を送り出す場面で、千代の帯締めの片側が外れていたこと、塚地武雅の関西弁イントネーションに2度違和感を覚えたことだけが残念でした。