冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

片岡秀太郎さんが亡くなられました

 片岡秀太郎さんが亡くなられたことを夕刊で知り、衝撃を受けています。中村吉右衛門さんがこのところ体調不良で公演を途中から休んだりなさっていて、気になっていたのですが、秀太郎さんについてはそんな情報をまったく聞いていませんでした。79歳になっておられたようです。人間国宝でした。

 以下、敬称を省略します。

 十三世片岡仁左衛門人間国宝)の子息。三兄弟の次男。兄は片岡我當、弟は十五世片岡仁左衛門人間国宝)です。品と柔らかみを備え、上方歌舞伎の伝統を受け継ぐ女形でした。

 ずいぶん前の話になりますが、京都の南座で見た「新口村(にのくちむら)」が忘れられません。幕が上がると、舞台は雪景色の村。中央に寄り添って立つ美しい男女。お揃いの衣装は黒地に上品で華やかな柄が浮き出ています。忠兵衛(立役)は今の仁左衛門、遊女・梅川(女形)は秀太郎でした。

 罪を犯して、死ぬしかないと決心した忠兵衛、忠兵衛と一緒に死ぬことを決意した梅川。二人は忠兵衛の故郷、新口村にたどり着きます。忠兵衛の父、孫右衛門が向こうからやってくるのを見て、二人は道ばたの小屋に隠れます。孫右衛門は息子が追われる身になったことを知り、心配でたまりません。

 わらじの緒が切れて、雪の中、年老いた孫右衛門はそれを直すのに難儀します。見かねた梅川が小屋から出てきて助けます。やり取りから、孫右衛門はこの女性が息子の恋人であること、そばの小屋に忠兵衛が身を潜めていることを察します。しかし、追手が迫っており、犯罪者とわかっている息子と顔を合わせることはかないません。孫右衛門はさりげなく逃げ道を教えます。二人が落ち延びていく姿を孫右衛門はいつまでも見守っています。

 孫右衛門を演じたのは十三世仁左衛門でした。高齢で、すでに目はほとんど見えていなかったらしいです。たしかに、足元は少しおぼつかなく見えましたが、それは孫右衛門が高齢だからと感じられ、視力がないようにはとても思えませんでした。親子の情愛が深くしみじみと描き出されて、熱いものが胸に込み上げました。忘れられない名舞台です。

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 秀太郎さんは上方歌舞伎の灯を消すまいと尽力してこられ、3期にわたって開かれた「松竹上方歌舞伎塾」の指導、公演の監修を担当されました。「おちょやん」で注目を集めた片岡松十郎さんは上方歌舞伎塾の卒業生です。

 一般家庭出身の愛之助を養子に迎えたのも、上方歌舞伎の伝統を受け継ぐ者を育てようとの思いからに違いありません。愛之助が思いがけずブレークしてすっかり有名人になり、その分、地元の大阪より東京での仕事が増えていったのは少し寂しかったのではないかと想像します。

 最近は歌舞伎を見なくなった私ですが、数十年の間、どっぷり浸かっていた歌舞伎の世界には今も愛着があり、郷愁さえ覚えます。頻繁に公演を見ていた頃に親しんでいた俳優さんがまた一人亡くなられたのは、なんとも言えず寂しいです。