冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

素謡「蝉丸」(大阪観世会定期能、大槻能楽堂)

 9月11日(土)、大槻能楽堂へ。素謡「蝉丸」、能「通小町」、仕舞3曲、狂言因幡堂」、仕舞1曲、能「紅葉狩」という番組でした。

 「蝉丸」は前に能で見たことがあります。

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 今回、素謡で聴いて、能で鑑賞した時とはずいぶん違うものを感じました。素謡では能楽師さんが装束をつけず黒紋付、袴姿で登場します。私がこれまでに見た範囲では1列目4人、2列目4人の合計8人という編成が多かったですが、今回は1列目が3人で、合計7人でした。舞台の中央あたりに、目付柱(舞台の向かって左側、手前の柱)の方を向いて座ります。

 お囃子が入らず、面もつけないので、謡の詞章がとても聞き取りやすい。「蝉丸」は前に見て、話の流れがわかっているので、なおさらわかりやすかったです。

 前は、生まれながらにして盲目の蝉丸、一所にとどまることができず彷徨い歩く逆髪(さかがみ)という二人の人物を障害を持って生まれた人と理解していました。私のように高齢になると、目はかすみ、聴力も衰えてきますし、今まで何気なくできていたことがある日急にできなくなるというようなことが起こります。「障害がある」ことがひと事とは思えず、その点で自分に引きつけて見ていました。

 ところが今回、謡にじっと聞き入っていると、「人が生きるっていうのは、こういうことなんだよ」と語りかけられている気がしてきたのです。

 「目が見えない」とは、この世界の真実の姿を見ることができないということ。一所にとどまれず彷徨い歩くのは、自分にとってのこの人生の意味がわからないから。仏教的な理解の仕方ではありますが、能が成立した時代は仏教思想が大きな影響力を持っていたわけですから、少しも不思議ではないのです。

 仏教から離れても、実感はわきます。盲目の身で辺境の地にたったひとり、取り残される孤独感。そんな辛い孤独感を味わうことって、あると思います。放浪といえば、西行芭蕉も人生の大部分を放浪して過ごしています。市井の人物にもそうした人はいただろうし、自分は定住していても、さすらう人への憧れを抱いている人たちも少なくなかったのではないでしょうか。多くの人が持っている「旅に出たい」という気持ちは、その現れなのではないでしょうか。

 ここで急に話がくだけますが、森進一が歌って大ヒットした「冬のリビエラ」(作詞・松本隆、作曲・大瀧詠一)。あの歌の主人公って、身勝手でしかもそんな自分に酔っているところがあって、嫌なやつだとずっと思っていました。あの男性もひと所にじっとしていることのできないタイプなんじゃないかなあ。そういう人物が、私の知っている人の中にもいるのです。

 閑話休題。蝉丸と逆髪はきょうだい(逆髪が姉、蝉丸が弟)で、逢坂の地で再会するのですが、逆髪はまた去っていきます。出会い、別れ、再会し、また別れ…。これが人生というものだよ。作者がそう言っている気がしました。「花に嵐のたとえもあるさ。さよならだけが人生だ」とは、井伏鱒二漢詩を邦訳した名句でした。

 シテ(逆髪)は梅若基徳、ワキ(蝉丸)は上野雄三、ツレ(帝の家臣)は今村哲朗の皆さんでした。