冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

今年初めてのB健例会 川西能勢口から清荒神へ

 16日(土)、山の会のB健例会に行きました。「健」というのは健脚の意味。通常のB例会より距離と所要時間が長く、急な登り下りも多いコースです。

 B例会そのものがAランクの例会より距離と所要時間が長く、リーダーさんの歩速も速め。なので、リハビリでは7月までAランクのコースしか歩いて来なかったのです。

 10月になって、例会が再開され、私の足の具合もずいぶん良くなってきたので、B例会に2度、参加しました。そして3度目でB健の例会に行ったというわけです。

 実は私、B健例会は入会してからまだ一度しか参加したことがないのです。昨年の前半、「距離は長いけどきつい所がないから大丈夫」と友達から聞いた例会に行ったのですが、私にはけっこうハードで疲れました。それ以来、「B健はもういいや」と思っていました。

 今回もまた同じ友達から同じように聞いて、「ほんとかな?」と半信半疑ながら参加してみることにしたのです。

 参加者は定員いっぱいの20人(CLさんとSLさんを含みます)。ほかに3人、申し込みがあったけれど定員オーバーでお断りしたとのこと。夕方から雨が降り始め、翌日の日曜日の朝まで降り続けるという予報だったので、土曜日の例会に参加者が集中したのかもしれません。

 阪急電車川西能勢口駅で集合。住宅地の急な登り坂を歩いて、公園でミーティングとストレッチ。釣鐘山という標高232mの山に登ります。標高が低いから楽勝だ! と思っていたらとんでもなくて、階段続きで息が上がりました。気温が一気に下がった日の前日だったので、午前中はよく晴れて暑くてたまらず、汗びっしょりになりました。下って、石切山へ。標高284m。こちらも登りは疲れました。

 そのあとしばらく穏やかな山道が続き、やがて満願寺に到着。ここの山側にある岩盤という岩場を登るのが午前中のハイライト?です。およそ30分、日差しの照りつける中、必死の岩登りでした。暑かった! 疲れた!

 このあとアップダウンを繰り返して、中山最高峰へ向かう途中で昼休憩。午後は最高峰に行ってから、惣河谷渓谷を下ります。惣河谷渓谷は前にも歩いたことがあるのですが、どんな所だったかちっとも覚えていませんでした。とても急で、足場の取りにくい、ハードな下りでした。でも、なんとか歩き通せました。私は下りに弱いので(かといって、登りに強いわけでもないですが)、下りではいつも前の人に遅れるのです。今回は初めて、あまり遅れずについていけました。すごくうれしかったです。

 清荒神の渓谷を下り、大林寺を経て清荒神にゴール。リーダーさんはじめ、メンバーが皆、気立ての良い方ばかりで、冗談を言い合いながら楽しく歩ききることができました。すごく疲れたけれど、とても充実した一日でした。YAMAPの記録は12.3km、6時間30分ほど。上り928m、下り866m。ほぼ標準の歩速で歩いていました。

今年2度目のBランク例会 菊水山、鍋蓋山、再度山

 10日(日)、2度目のBランク例会に行きました。コースは9月下旬、ゆこりんさんに連れて行ってもらったのとほぼ同じなので、楽勝♪と思っていたら、一部違っていて、リーダーさんの歩き方も速めだったし、何よりも10月だというのにやたらと暑くて大汗をかき、疲れてしまいました。

 違っていたのは鍋蓋山から再度公園に行くのに、鍋蓋北道ではなく全山縦走のルートを通ったこと。どんどん下っていってまた登るので、鍋蓋北道より遠回りしたように思います。森の中の散歩道という雰囲気の山道だったので、気持ちよく歩けましたけれど。

 再度公園で昼休憩ののち、再度山の山頂へ登りました。距離・時間ともわずかなのですが、急登。下りも急でひどく歩きにくく、午前中で疲れ切っていた足にはこたえました。

 その後は善助茶屋跡→大師道→諏訪山公園と、よく知っている緩やかな下りなので安心していたら、リーダーさんが最後の休憩ポイントのあと、道を間違え、リーダーさんのすぐ後ろを歩いていた私もうっかりして気づかず、下っていくはずなのに登り道が続いたあと、金星台、ビーナスブリッジを経て諏訪山公園にたどり着きました。余分にかかった時間は少しだったのですが、最後に予想外のコースになったのでこれも少々疲れました。

 とはいえ、この日もバテることなく怪我もせず楽しく歩き、無事にゴールできたので大満足。リーダーさんに感謝です。↑ちょっと文句を書いてしまいました。ベテランのリーダーさんでもうっかりルートを間違えることがあるんですね。

 YAMAPでは9.5km、5時間35分、上り846m、下り846mでした。

  帰り道、阪急電車三宮駅付近を歩いたら、今までなかった新しいお店がたくさんできていて、歩いている人もお店に入っている人も多く、活気が戻っていました。

三流(金剛流、喜多流、金春流)それぞれの「小鍛冶」キリ

 シテ方の流儀による仕舞の違いを先日のTTRプロジェクトの公演で見て、「こんなことを実現するなんてすごい!」と感嘆したのですが、今日、「ゆとりのかい」のUチューブ動画で、似たようなこと(というにはレベルがかなり違いますが)をしているのを見つけました。TTRのときとは異なり、最初に喜多流の「小鍛冶」キリの部分の仕舞を一通り舞っていますが、ほかの二流派については部分だけです。ざっくばらんにしゃべりながら「うちはこうだよ」と見せ合っている感じ。若手ならではの軽さが垣根を低くしてくれています。のんびりした感じのBGMまで流れていて、ほんわかムードです。

 

youtu.be

 「ゆとりのかい」は金剛流喜多流金春流、それぞれの若手シテ方能楽師3人のグループ。昨年の緊急事態宣言の頃から動画を公開しています。トークが気楽な雰囲気で、とっつきやすい。本番の舞台では皆さん、見違えるほど凛々しいのでしょう。

 金剛流京都市内に本拠があるので、山田伊純(いすみ)さんの舞台は実際に拝見したことがあり、かっこよかったです。

 くるっと回転してぴたっと着地する動きを「飛び返り」と言うんだ! 初めて知りました。

 

やっと、Bランク例会に参加しました

 10月3日、やっとBランクの例会に参加しました。ついていけるかな? と心もとなかったのですが、緊急事態宣言が解除されてから初めての例会だったので、参加者が怪我などしないようにとリーダーさんがゆっくりめに歩いてくださって、助かりました。

 阪急電車神戸線芦屋川駅で集合。山芦屋公園でストレッチをして、会下山(えげのやま)遺跡の入り口へ。地面にアサギマダラがいました。

 ここから蛙岩まで40分、風吹岩までさらに40分の登りです。歩き始めは体が慣れていないのできつく感じられました。風吹岩から雨ヶ峠までは1時間くらいかけて登りました。雨ヶ峠で昼ごはん。午後は住吉川左岸→打越峠→八幡谷と下り、天井川公園でストレッチをして解散です。9月26日に歩いたコースをほぼ逆に行く内容でした。

 途中、秋の花が何種類も咲いていて、参加者の中に植物に詳しい方がおられたので名前を教えてもらえ、楽しみながら歩くことができました。リーダーさんは参加者が花の写真を撮る間、待ってくださったのですが、残念ながら気持ちに余裕がなくて少ししか撮れずじまいでした。

 ツルニンジン

f:id:murasamenokiri:20211006212416j:plain

 

ノササゲ。花ではないですが色がきれいなので撮りました。

f:id:murasamenokiri:20211006212521j:plain

 

 ピントが合っていませんね。。。

 もう1枚、黄色い花の写真を撮ったのですが、ハレーション状態になってしまって、アップできません。

 ほかに、テイショウソウ、ヒヨドリソウ、ミズヒキなどたくさん咲いていました。

 テイショウソウはこんな花です。

love-evergreen.com

 今年初めてBランクの例会に参加して、無事に歩ききれたので、うれしくてたまりません。なんとか今の調子を維持したいです。

 YAMAPの記録は9.7km、6時間20分ほどでした。

宝生流シテ方能楽師、辰巳満次郎さん

 一方、宝生流の辰巳満次郎さんについては、お名前は知っていましたが、拝見するのは初めてでした。大柄でお顔も大きく、しかもいかつい。小柄で小顔の味方玄さんとは対照的です。でも、お話をされるとざっくばらんでユーモラスな語り口から人柄が伝わってきて、すぐに好感を持ちました。Uチューブで探しましたが、謡や仕舞の動画は見つからずじまい。「翁」のシテを務める前の精進潔斎について話されている動画がありました。内容も興味深いです。

 

youtu.be

観世流シテ方能楽師、味方玄(しずか)さん

 「和魂Ⅷ」の公演、実は午前中にプレ企画がありました。「『和魂Ⅷ』が120%面白くなるTTR講座」というタイトルで、この日の公演でどんなことをするか、見どころ聞きどころはどこかを紹介するというもの。これがとても興味深く、観世流宝生流の違いがよくわかりました。

 このプレ企画では若手の大江信行さん(観世流)と辰巳大二郎さん(宝生流)が出演して、舞と謡を披露しました。ただ、さすがにこの時は同じ曲を二人が同時に演じるという場面はなくて、交互でした。他流の能楽師と同時に一つの曲を舞ったり謡ったりするというのは、相当の技量のある方でないとできないことなのだろうと想像します。

 午後からの本公演で最大の見どころに出演された味方玄(しずか)さんは、私の大好きな能楽師さんです。去年、緊急事態宣言ですべての公演が中止になった時期に、京都観世会能楽師さんたちがリレー形式で「高砂」を謡う動画を公開しました。その時の味方さんの映像をご覧ください。声の素晴らしいこと! 能楽堂ではさらによく響きます。

 

youtu.be

「和魂Ⅷ 観世流vs宝生流 流儀大解剖!」湊川神社神能殿 続き

 観世流宝生流では、基本の姿勢、基本の所作、扇の持ち方など、どれも違っていました。たとえば基本姿勢は、観世流は少し腰を落とし気味にして立ちますが、宝生流ではさらに低く落として構えます。あの姿勢は筋肉が要るだろうなあ、きついだろうなあと想像しました。

 同じ曲でも謡い方、舞い方が異なります。宝生流の方が低音部が多くてどっしりした印象。それでいて「甲グリ(かんぐり)」という一番高い音も、観世流の謡より頻繁に使います。かなり声域の広い人でないと、とても謡えそうにありません。

 舞は、観世流は華やかでわかりやすく、観客に受けやすそう。宝生流は重厚で緻密です。おそらく(私の想像ですが)、宝生流の方が古い時代の能の表現方法をよく伝えていて、観世流ではそれが都会的に洗練されたのではないかと思います。

 圧巻だったのは、仕舞「羽衣」でした。観世流の味方玄、宝生流の辰巳満次郎のお二人が舞台で同時にそれぞれの流儀の舞い方で舞うのです。囃子方観世流のお囃子だったので、辰巳満次郎さんはやりにくかっただろうと思うのですが、そんなことは微塵も感じさせず、悠々と天人になっておられました。二人のシテがまったく異なる所作を繰り広げ、異なる軌跡を描いて、舞台上を自由自在に(と見えました)動き、決して衝突しそうになったりはしません。まるで完成された新作能? 能ではない何か別の芸能? を見ているようでした。

 異流合同舞囃子「乱(みだれ)」ではこれがさらにバージョンアップした印象でした。「乱」というのは「猩々(しょうじょう)」の特殊演出。水底に棲むお酒好きの妖精「猩々」が酔って楽しげに舞いあそぶ様子を表す部分です。これも味方玄さんと辰巳満次郎さんの競演でした。観世流は水を蹴り上げるような動作や波打ち際を小走りに移動するような動作が特徴で、濡れた頭を左右に振る動作は可愛らしいほど。宝生流では前の二つの動作は見られず、片足を上げたまま静止するところが何カ所かありました。頭を左右に振る動作はゆっくりしていて、ここでも観世流は華やか、宝生流は荘重という特色がはっきりわかりました。宝生流は総じて、下方向のベクトルが強くて大地を意識しているイメージ。呼吸をつめて、意識を内側に集中させ、それを一気に放つという心身の動きを中心に据えているように見受けられました。

 シテ方五流派のうち、能楽師の数、習っている人の数ともに圧倒的に多いのは観世流で、二番目が宝生流です。関西では観世流が盛んで、宝生流の公演を見る機会は少なく、私もまだ一度も見たことがありません。

 今回の公演を見て、見慣れた観世流とはまったく違う宝生流の魅力に惹きつけられました。ネットで調べましたが、やはり関西での公演は見つかりません。コロナ以前は少しは行われていたのでしょうが、今は難しいのでしょう。

 その代わり、Uチューブに動画がたくさんアップされていることがわかりました。ご宗家のインタビューもあり、若いのにびっくりしました(35歳くらい)。公演や仕舞、あれば素謡の動画をこれからぼちぼち見ていくつもりです。謡(観世流)のお稽古だけでもなかなか時間が足りないのに、そんなことをしている場合じゃないんですけどねえ。

「和魂Ⅷ 観世流vs宝生流 流儀大解剖!」湊川神社神能殿

 TTR能プロジェクトが企画した公演で、9月25日(土)に見てきました。TTRの企画公演ではこれまでに、小鼓や大鼓の演奏の流儀による違いにスポットを当てて、比較しながら演奏を聴くという催しなどがありましたが、シテ方という能の中心部分を担う役割について、流儀による違いを詳らかにしようという企ては初めてです。おそらく前代未聞だと思います。こんな斬新で大胆な企画がよく実現できたものだと、まずそのところに驚嘆しました。

 煩雑になりますが、記録として残しておきたいので、プログラムと出演者を記しておきます。以下、TTRというのは大鼓方の山本哲也さんと小鼓方の成田達志さんのお二人を指します。このお二人が運営しているのがTTR能プロジェクトです。

 

 舞囃子 観世流「弓八幡」 シテ・大江信行

   地謡・観世喜正、味方玄、今村哲朗、笠田祐樹

   笛・斉藤敦 小鼓・成田達志 大鼓・山本哲也 太鼓・前川光範

 舞囃子 宝生流「八嶋」 シテ・和久壮太郎

   地謡・武田孝史、辰巳満次郎、辰巳大二郎、辰巳和磨

   笛・斉藤敦 小鼓・成田達志 大鼓・山本哲也

TTRトーク「謡の違いについて」

 独吟 「放下僧」 観世流・今村哲朗 宝生流・辰巳大二郎

 独吟 「勧進帳」 観世流・味方玄 宝生流・辰巳満次郎

TTRトーク ゲスト 味方玄、辰巳満次郎

 仕舞 「羽衣」 シテ・味方玄、辰巳満次郎

 仕舞 「熊坂」 シテ・笠田祐樹、辰巳和磨

実験企画

 異流合同舞囃子「乱」 シテ・味方玄、辰巳満次郎

 

舞囃子 宝生流「藤戸」 シテ・武田孝史

   地謡・武田孝史、辰巳満次郎、辰巳大二郎、辰巳和磨

   笛・斉藤敦 小鼓・成田達志 大鼓・山本哲也 

    観世流「融 酌之舞」 シテ・観世喜正

   地謡・味方玄、大江信行、今村哲朗、笠田祐樹

   笛・斉藤敦 小鼓・成田達志 大鼓・山本哲也 太鼓・前川光範

   

 詳しくは次の記事に書きます。

 

9月末までの山歩き記録

8月21日(土)

 立山行きを控えて、一人で六甲を歩きました。8日にゆこりんさんと二人でトレーニング山行をしたものの、そのあと雨が降り続いて、まったく歩けていなかったのです。ようやく雨が上がったこの日、大雨の後でも比較的歩きやすいコースを選んで出かけました。

 諏訪山公園→猩々池→善助茶屋跡→再度公園→蛇ヶ谷→市ヶ原→布引滝→新神戸。大雨の痕跡はやはり大きく、舗装路の上を水が流れていたり、歩くのをためらうようなぬかるみが何カ所もあったりしました。再度公園の手前では重機を使って道の補修工事をしていました。ぬかるみがひどいので土を入れて埋めているのかなと思ったのですが、9月になってから行ってみると、小さめの石が敷き詰められていました。そんな余計なことをしなくても、前のような土の道に戻してくれる方が歩きやすいのになあ。

 五本松かくれ滝も布引の滝も水量が多く、轟音をたてて流れ落ちていました。山中はミンミンゼミ、ツクツク法師、ヒグラシが大合唱。蝉たちも季節がわからなくなっているのでしょうか。

 YAMAPでは7.0km、3時間半ほどの山歩きでした。

 

9月6日(月)

 山の会で9月26日にAランク例会のSLをすることになり、その下見に行きました。CLさんのほかに同行者が5人いてにぎやかでした。

 コースは新神戸→布引滝→市ヶ原→蛇ヶ谷→再度公園→大師道→善助茶屋跡→猩々池→諏訪山公園。8月21日のコースを逆に進む内容です。同じコースでも逆に行くと、意外と分岐がわかりにくくなり、CLさんがYAMAPで確かめたりしました。

 CLさんが六甲山のマザーツリーのことをよくご存知で、大龍寺付近にある3本を教えてもらいました。マザーツリーというのは、2006年、六甲が瀬戸内海国立公園六甲山地区に指定されてから50年になったことを記念して、神戸市が明石海峡から宝塚市までの山系に生えている「母なる木」を公募し、20本(今は19本)が選ばれたもの。幹回りが20m以上ある樹木の中から高さや風格を考慮して選んだそうで、摩耶山周辺に多いのだそうです。

 大龍寺の近くにあるのはNo.17、13、3のマザーツリーで、どれもスダジイという種類でした。見れば、マザーツリーに選ばれるだけのことはあって、幹回りがごつく、高くて、威厳の感じられる木ばかりでした。

 この日は8.3km、4時間半ほど歩きました。

 この例会の本番は緊急事態宣言の延長で中止になりました。

 

9月13日(月)

 6日に下見したコースを忘れないうちにおさらいしておくことにしました。同じ山の会の友達、YさんとShさんがつきあってくれました。先週歩いたばかりなのに、分岐で「どっちだったかな?」と考えてしまう箇所もあったりして、早めにおさらいしておいてよかったです。

 このコースは山の会のA例会定番コースの一つなので、いずれまたリーダーをする機会があるかもしれません。いくつかある分岐をノートに書いておいたので、先々役に立ちそうです。

 

9月19日(日)

 去年の秋、足底筋膜炎になり、今年の春からリハビリ歩きを始めましたが、今までに歩いたのは山の会のA例会かA健(健脚)例会コースの道ばかり。Bランクのコースはまだ一度も歩いていませんでした。10月に例会が再開されたらB例会に行きたいので、ぼちぼちトレーニングを始めなければなりません。そこでゆこりんさんにお願いして、Bランクのコースの一つに連れて行ってもらいました。これで道を覚えれば、今後また緊急事態宣言が出て例会が中止になっても個人山行で歩くことができます。

 コースは神戸電鉄鵯越駅→菊水山→鍋蓋山→鍋蓋北道→再度公園→蛇ヶ谷→市ヶ原→布引滝→新神戸です。駅から登山口までがわかりにくくて、しっかりメモを取りました。登山道に入ってからは標識が整っているので迷うことはなさそうです。再度公園から新神戸までは歩き慣れた道です。

 以前にも歩いたことがあるので前もってわかっていたけれど、菊水山の上りは急登でしかも階段続き。きついです。やっと山頂に着いて、少し休憩してまた下り、鍋蓋山の上りに入ります。ここもきついですが、土道を歩くので菊水山よりはましに感じられました。

 9時半に鵯越駅を出発して、昼ごはんは鍋蓋山で食べ、再度公園到着は1時35分。新神戸に着いたのは3時半ごろでした。よく歩いた! ゆこりんさんに「だいぶ歩けるようになったね」と言ってもらいました。少し自信がついたかな? 案内してくれたゆこりんさんに感謝です。この日は山の会の友達のYさんが同行。Bのコースは自信がないと言っていたのですが、しっかり歩けていました。

 YAMAPでは10.2km、5時間59分、上り797m、下り874mでした。

 

9月26日(日)

 山の会のB例会定番コースの一つを家族と歩きました。岡本駅の山手にある天井川公園を出発し、八幡谷→打越峠→住吉川左岸→雨ヶ峠→風吹岩→蛙岩→会下山遺跡→山芦屋公園にゴール。

 打越峠までは何度も行ったことがありますが、そこから先は初めてでした(正確に言うと、住吉川左岸に着くまでの途中にクリンソウの小群落があり、5月の連休に見に行きました。その後、打越峠に引き返しました)。

 住吉川左岸から雨ヶ峠まで1時間くらいかかり、アップダウンの多い歩きにくい道でした。雨ヶ峠で遅めの昼食。そこから風吹岩までは25分と、案外近いです。風吹岩から蛙岩までの30分の下りが苦手だったのに、いつもよりは早く、25分で歩けました。その後、会下山遺跡を下りて道路に出るまでにまた30分かかり、「やっぱりしんどいなあ」と思ってしまいました。

 山中は、先週までしきりだった蝉の声がすっかり止み、秋の虫がかすかに鳴いていました。

 YAMAPの記録では9.8km、5時間20分。上り829m、下り847m。標高で言うと50mちょいのあたりから600mのあたりまで登ったようです。

 19日のBコースは午後は楽ちんだったけど、今回は午後もそこそこのきつさで、距離も19日と変わらない長さだったので、19日より疲れました。でも心地よい疲れで、夜、ぐっすりと9時間半も眠れたのには我ながらびっくりしました。

 

能「通小町(かよいこまち)」(大阪観世会定期能、大槻能楽堂)

  2つ目の演目は能「通小町」です。あらすじをthe能.comのサイトからお借りしました。

京都・八瀬(やせ)の山里で一夏の修行[夏安居(げあんご)。九十日間籠もる座禅行]を送る僧のもとに、木の実や薪を毎日届ける女がいました。僧が、問答の末に名を尋ねると、女は、絶世の美女、才媛であった小野小町(おののこまち)の化身であることをほのめかし、姿を消しました。

市原野に赴いた僧が、小町を弔っていると、その亡霊が現れ、僧からの受戒を望みます。そこに、背後から近づく男の影がありました。それは小町に想いを寄せた深草の少将の怨霊でした。執心に囚われた少将は、小町の着物の袂にすがり、受戒を妨げようとします。

僧はふたりに、百夜(ももよ)通いの様子を語るよう促します。少将からの求愛に、小町は、百夜通って、牛車の台で夜を過ごせば恋を受け入れると無理難題を出します。少将はどんな闇夜も雨、雪の夜も休まず、律儀に歩いて小町のもとへ通いました。そのありさまを再現します。

百夜目。満願成就の間際、まさに契りの盃を交わす時、少将は飲酒が仏の戒めであったことを悟り、両人ともに仏縁を得て、救われるのでした。

・・・・・・・・ここまで・・・・・・・

 

 シテは深草の少将、小町はツレ。つまり、題は「通小町」ですが中身は深草の少将に重点が置かれているのです。成仏を願う小町に対して、それを妨げようとする深草の少将。片想いの激しい恋が転じて強い恨みに囚われています。

 シテを演じたのは大槻文藏さん。装束がとても美しく、色彩感覚や文様の取り合わせなども洗練されていて、その姿からは色気さえ感じられました。面は亡者を表すもので、虚ろな目をしているのですが、座っている小町に目をやるとき、表情に深い悲しみが見えました。

 今まで能を見ていて女性の登場人物に救いようのない深い悲しみを感じたことが2度ありました。「葵上」のシテ、六条御息所の生霊。そして「鉄輪(かなわ)」のシテ、夫に捨てられた女です。でも、男性の登場人物にここまで深い悲しみを感じたのは初めてでした。

 ワキの僧に促されて、深草の少将は「百夜通い」の様子を再現します。この部分でもずっと、底の方にシテの悲しみが沈んでいるように思いました。

 二人ともが成仏する最後はあっけないほどです。もともと比叡山の僧が書いた作品なのだそうで、後に観阿弥世阿弥が手を加えて今のような曲になっています。

 ツレ(小野小町)は赤松禎友、ワキは福王茂十郎。大鼓 山本哲也、小鼓 大倉源次郎、笛 貞光義明、地謡の頭は観世清和さんでした。

 

素謡「蝉丸」(大阪観世会定期能、大槻能楽堂)

 9月11日(土)、大槻能楽堂へ。素謡「蝉丸」、能「通小町」、仕舞3曲、狂言因幡堂」、仕舞1曲、能「紅葉狩」という番組でした。

 「蝉丸」は前に能で見たことがあります。

murasamenokiri.hatenablog.com

 

 今回、素謡で聴いて、能で鑑賞した時とはずいぶん違うものを感じました。素謡では能楽師さんが装束をつけず黒紋付、袴姿で登場します。私がこれまでに見た範囲では1列目4人、2列目4人の合計8人という編成が多かったですが、今回は1列目が3人で、合計7人でした。舞台の中央あたりに、目付柱(舞台の向かって左側、手前の柱)の方を向いて座ります。

 お囃子が入らず、面もつけないので、謡の詞章がとても聞き取りやすい。「蝉丸」は前に見て、話の流れがわかっているので、なおさらわかりやすかったです。

 前は、生まれながらにして盲目の蝉丸、一所にとどまることができず彷徨い歩く逆髪(さかがみ)という二人の人物を障害を持って生まれた人と理解していました。私のように高齢になると、目はかすみ、聴力も衰えてきますし、今まで何気なくできていたことがある日急にできなくなるというようなことが起こります。「障害がある」ことがひと事とは思えず、その点で自分に引きつけて見ていました。

 ところが今回、謡にじっと聞き入っていると、「人が生きるっていうのは、こういうことなんだよ」と語りかけられている気がしてきたのです。

 「目が見えない」とは、この世界の真実の姿を見ることができないということ。一所にとどまれず彷徨い歩くのは、自分にとってのこの人生の意味がわからないから。仏教的な理解の仕方ではありますが、能が成立した時代は仏教思想が大きな影響力を持っていたわけですから、少しも不思議ではないのです。

 仏教から離れても、実感はわきます。盲目の身で辺境の地にたったひとり、取り残される孤独感。そんな辛い孤独感を味わうことって、あると思います。放浪といえば、西行芭蕉も人生の大部分を放浪して過ごしています。市井の人物にもそうした人はいただろうし、自分は定住していても、さすらう人への憧れを抱いている人たちも少なくなかったのではないでしょうか。多くの人が持っている「旅に出たい」という気持ちは、その現れなのではないでしょうか。

 ここで急に話がくだけますが、森進一が歌って大ヒットした「冬のリビエラ」(作詞・松本隆、作曲・大瀧詠一)。あの歌の主人公って、身勝手でしかもそんな自分に酔っているところがあって、嫌なやつだとずっと思っていました。あの男性もひと所にじっとしていることのできないタイプなんじゃないかなあ。そういう人物が、私の知っている人の中にもいるのです。

 閑話休題。蝉丸と逆髪はきょうだい(逆髪が姉、蝉丸が弟)で、逢坂の地で再会するのですが、逆髪はまた去っていきます。出会い、別れ、再会し、また別れ…。これが人生というものだよ。作者がそう言っている気がしました。「花に嵐のたとえもあるさ。さよならだけが人生だ」とは、井伏鱒二漢詩を邦訳した名句でした。

 シテ(逆髪)は梅若基徳、ワキ(蝉丸)は上野雄三、ツレ(帝の家臣)は今村哲朗の皆さんでした。

 

映画「ドライブ・マイ・カー」

 久しぶりに映画館で映画を見ました。濱口竜介監督・脚本の「ドライブ・マイ・カー」。今年、カンヌ映画祭脚本賞を受賞した作品です。上映時間約3時間という長編ですが、少しも飽きることなく、最後まで集中して見続けました。

 内容についてはネタバレになるので書きません。人を愛するとはどういうことなのか、人と人とのコミュニケーションの意味とは? と根源的な問いかけを受けた気がして、今も考え続けています。

 出演者の中では三浦透子の演技の評価が高いようです。私は手話を使って演技する韓国の女優さんの表現力が素晴らしいと感じました。

 主人公は西島秀俊。この俳優さん、茫洋とした雰囲気があって好きなのですが、演技力については正直言って「上手いんだか下手なんだかよくわからない」と思ってきました。この作品については…これも書かないでおきます。予備知識なしで見た方がいいですから。

 劇中劇、「ゴドーを待ちながら」(ベケット)は少し場面が出てくるだけですが、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」が重要な役割を果たしています。昔読んだような気がするのだけれど、どんな内容だったか、何にも覚えていません。この映画を見て、読み直したくなりました。

能「楊貴妃」、能「天鼓」(大槻能楽堂)

 書きそびれていましたが、8月下旬、立山に行く前に「大槻文藏 裕一の会」を見ました。演目はタイトルに書いた能二曲と、狂言「隠狸」でした。

 

 「楊貴妃」はシテ、大槻文藏さん。初めて見る曲でもあり、とても楽しみにしていたのですが、気持ちよく眠ってしまいました。なんてことでしょう(涙)。

 ただ、最後の場面で、死後の世界の宮殿に寄り掛かるようにして佇む楊貴妃の姿がなんともなまめかしく、それでいて清潔感があり、ふわっと柔らかい雰囲気が言いようもないほど美しかったことだけを覚えています。

 ワキは福王茂十郎、大鼓 山本哲也、小鼓 大倉源次郎、笛 杉市和 ほかの皆さんでした。

 

 「天鼓」はしっかり起きていられ、楽しめました。当日配られたパンフレットからあらすじを紹介します。

 

 中国、後漢の時代。不思議な鼓をもつ少年、天鼓は、鼓を召し上げようとする皇帝の命令を拒んだために殺害され、呂水という川に沈められてしまう。ところが、召し上げた鼓は天鼓との別れを悲しむゆえか一向に鳴らない。皇帝は勅使(福王和幸)に命じて天鼓の父・王伯(大槻裕一)を召し出すと、鼓を打つよう命じる。鼓を見ては息子との別れを嘆き、悲しみに生きる身の苦しさを思う王伯であったが、やがて決心し、わが子の形見の鼓を打つ。すると世にも妙なる音色が響き、その様子に心打たれた皇帝は天鼓を弔おうと心に決める。従者(野村太一郎)に命じて王伯を家まで送り届けさせた勅使は、さっそく回向の準備をはじめる。皇帝一行が呂水のほとりで音楽法要を手向けていると、天鼓の幽霊(大槻裕一)が現れた。天鼓は鼓を軽やかに打ち鳴らすと、自分に手向けられた音楽の興に乗じ、満点の星空の下で舞い戯れるのだった。

・・・・・・・ここまで・・・・・・

 

 若い裕一さん(24歳)が前シテでは愛する息子を失った老父を演じます。これがとてもうまくて、どう見ても老人にしか見えませんでした。皇帝の横暴に憤り、息子との死別を嘆き、生きる希望を失って、魂の抜け殻のように成り果てた父親の姿でした。

 後シテの天鼓には、打って変わって、若さがみなぎっていました。舞う姿を見ていると、再び鼓を打つことができるのがうれしくてたまらない様子が伝わってきます。お囃子も明るくて、舞台の上に幸福感が溢れ、拝見しているこちらまで幸せな気持ちになりました。

 天鼓は生まれながら才能に恵まれた音楽家であったわけで、音楽を演奏するのが彼の天命だったのです。それを聴かせてもらう側も幸福にしてもらえます。音楽、芸術、芸能というものと人間との深い結びつきが理屈でなくわかる気がして、感動しました。

 大槻裕一さんは文藏さんの芸養子。今までにも何度か舞台を拝見していますが、この日の「天鼓」には文藏さんがこの人をご自分の後継者に選ばれたのはもっともだと納得できました。

 ワキ(勅使)は福王和幸、大鼓 亀井広忠、小鼓 成田奏、太鼓 前川光範、笛 竹市学ほかの皆さんでした。

 

 

辻仁成、息子さんとの会話

 辻仁成のエッセイ、こんなのもあります。

 いわゆる「2030問題」(気候、自然破壊、食糧、AI搭載の兵器など、さまざまな分野での危機的な状況について、2030年までに解決の方向へ舵を切らなければ、その後は手遅れになり、地球全体が破滅に突き進むという問題)、私は臆病なのでつい悲観的になりがちなのですが、こういう文章を読むと勇気づけられます。

 

www.designstoriesinc.com

フランス人の「食」と「衣」〜辻仁成のエッセイから

 最近、フランス在住作家・辻仁成の文章を読んで、心地よい衝撃を受けました。ごちそうなんて作らないでいい。服は今あるものだけで十分。

 そういう暮らし方になっていけば、「持続可能な社会」実現の見通しが少しは立つような気がしてきました。

 

www.designstoriesinc.com