冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

京舞と能「鉄輪(かなわ)〜大槻能楽堂「ろうそく能」 続き

 能「鉄輪」の主な出演者は次のとおりです。

シテ 前シテ 女、後シテ 女の生霊 大槻文藏

ワキ 安倍晴明 福王知登

ワキツレ 下京の男(女の夫) 喜多雅人

アイ 貴船の社人 野村裕基

 

大鼓 河村 大

小鼓 幸 正佳

太鼓 前川光範

笛  杉 市和

 

 前シテの女は橋掛かりを非常にゆっくりと歩みます。京都市左京区あたりから来るのだそうで、貴船神社までは昼間でも2時間はかかるのだそう。文藏さんの姿を見ていると、灯りもない真っ暗な道を女が歩いているのがわかります。そして、その心の中はもっと闇に閉ざされているのだろうと想像できました。

 貴船神社の社人からお告げを聞くと、女の様子が変わり、度肝を抜かれるような素早さで去っていきます。登場のときの緩やかさと対照的でした。

 この後、妻を捨てて別の女に走った男と安倍晴明とのやりとりがあり、舞台正面に一畳台が置かれます。これは晴明が作った祭壇で、夫と新しい妻の身代わりとして紙の人形、妻の髪、夫の烏帽子が置かれています。

 後シテは「生成(なまなり」という般若に近いような恐ろしげな表情の面を付け、お告げのとおり頭に鉄輪を乗せ、鉄輪の3本の足にそれぞれろうそくを立て、打ち杖を持って現れます。生霊には祭壇の人形、髪、烏帽子が新しい妻と自分を捨てた夫に見えるのです。女は恨み、憎しみを晴らそうと祭壇に近寄ります。生々しいのは、髪を手に巻き付けて強く引っ張るところでした。

 生霊は晴明が招じ入れた三十番神(この意味がよくわかりません)に恐れをなして力を失います。地謡の「時節を待つべしや。まづこの度は。帰るべしと言ふ声ばかりはさだかに聞こえて言う声ばかり聞こえて姿は目に見えぬ鬼とぞなりにける、目に見えぬ鬼となりにけり」という謡とともに立ち去っていきます。文藏さんのシテはいつものことながら強いオーラのようなものを放っていて、終始目が離せませんでした。

 囃子方では杉市和さんの笛が強烈でした。どの場面だったか忘れてしまったのですが、同じ音程でずっと長く吹き続け、それを何度も繰り返しました。その音色がこの世のものとは思われないほど強くて、頭の芯が痺れるような感じがしました。

 この日も客席は市松状態。でも、満席でした。「ろうそく能」にぴったりの「鉄輪」という曲、しかも井上八千代、大槻文藏という人間国宝二人の共演ですから、人気を呼んだのでしょう。公演再開後に私が大槻能楽堂に来たときはいつもお客が少なくて心細くなるほどでしたので、この日の盛況ぶりにはうれしくなりました。

 

京舞と能「鉄輪(かなわ)〜大槻能楽堂「ろうそく能」

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 7月9日(金)の夜、大槻能楽堂京舞と能の「鉄輪」を見ました。毎年夏に開かれる「ろうそく能」です。昨夏はコロナのために中止になり、演目や出演者を変えずに今年ようやく実現したのです。

 公演に先立って、作家の夢枕獏さんが「丑刻詣と陰陽師」というタイトルでお話をする予定でしたが、体調不良で中止に。ご本人から観客へのお手紙のような文章をプリントしたものが配られました。

 お話の代わりに大槻祐一さんと井上安寿子さんの対談があり、司会を務めた桂吉坊さんが対談に先立ってそれを読み上げました。実物をなくしてしまったので、ここに引用できませんが、夢枕さんが「鉄輪」について「悲しみ」という言葉をキーワードにして書いていることに共感を覚えました。嫉妬に狂った女の恐ろしさ、ではなく、「悲しみ」。これがわからなければこの作品を誤解するだろうと私は思います。

 当日配られた資料からあらすじを紹介します。

 夫に捨てられた女(妻)は恨みを晴らそうと貴船神社で丑刻詣を始めた。女が来ることを夢で見ていた宮の社人は、「赤い衣を着て顔に朱を塗り、頭には鉄輪を載せてろうそくを三本灯せば、鬼神になれると神のお告げがあった」と女に話す。

 一方で、夫は夢見が悪いと陰陽師安倍晴明の元を訪れる。「女の深い恨みの念によって命が危うい」と晴明に告げられた夫は、妻を捨て後妻を迎えたいきさつを話し、祈祷を頼む。

 晴明が夫と新妻の人形(ひとがた)をつくり祈祷を始めると、前妻の霊が現れた。人形に向かって恨みをのべ、後妻の髪に手をからめ後妻(うわなり)打ちをし、夫の命を奪おうとするが、晴明の祈祷により集まった神々を前に目的を果たすことなく、恨み言を残して去っていく。

・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・

 

 点灯式が行われ、舞台と橋掛かりの前に立てられた和蝋燭が灯されました。それ以外の照明はありません。

 まず、京舞の「鉄輪」。舞うのは井上八千代(人間国宝)。歌・三弦、菊原光治、ほかに三弦、笛、小鼓、大鼓が入りました。

 私は舞踊というものがいまだによくわからず、玉三郎歌舞伎舞踊を見ても「きれいだなあ」と思うだけなのですが、この日は少し違いました。冒頭、菊原師の「わす」という言葉が耳に入った瞬間、井上八千代さんの表情から悲しみがほとばしり出るのが感じられたのです。あとで資料を見ると、「忘らるる、身はいつしかに浮草の、」という詞章の最初の部分でした。その言葉の意味がわかる前に、表現されている感情をまざまざと感じ取ることができたのは、私には思いがけない大事件(?)でした。

 京舞については、きりっとしているけれど全体に優美な雰囲気という印象を抱いていましたが、この「鉄輪」はかなり違っていました。速く強い動きが多くて、八千代さんの小柄な体から強靭なパワーが放たれているのが感じられたのです。跳躍して(膝を後ろに折り、足首から爪先までをぴんと伸ばして)、そのまま床にパシッと座る、という所作が何度も見られ、能の影響が感じられました。能では跳躍の後、一回転して座りますけれども。

 能「鉄輪」については次の記事に書きます。

 

面白い作品が多かった 春シーズンのドラマ

 この春の連続ドラマは見応えのある作品がいつになく多かったです。録画する番組が多過ぎて、消化するのが一苦労でした。

 中でも一番良かったのは、「コントが始まる」でした。高校の同級生3人(菅田将暉、仲野太賀、神木隆之介)で作ったコントグループ「マクベス」。10年間、続けてきましたが売れず、解散ライブを開くことになります。

 30歳を目前にした「今」の3人と、その周囲の人々(有村架純芳根京子鈴木浩介伊武雅刀など多彩)。高校時代や、チームを結成してからの頃に何度も戻りながら、解散ライブに向かって、3人それぞれの人生が展開していきます。菅田将暉有村架純という組み合わせの演技が映画で評判だったので見始めました。

 アラサーも「青春」と言うなら、まさに青春そのもの。私のような高齢者にははるか昔の時代で、今さら「青春」なんて言われても…と興醒めするかもと予想していたのに、まったくそんなことはなかったです。年齢を超えた普遍的な人間群像を描いていた、と書くと大げさかも知れません。もっと自然体で、毎回、ふんわりとした感動を味わっていました。

 一番印象に残ったのは、里穂子(有村架純)のマンションを訪れた潤平(仲野太賀)が、いつものように風呂場に入って足を洗おうとすると、突然、湯船の蓋が開いて、ウエットスーツを着て人魚のふりをした奈津美(芳根京子)が飛び出したシーンでした。その時の芳根京子の可愛かったこと! 潤平がびっくりしてオタオタしているところへ、先に来ていた春斗(菅田将暉)と瞬太(神木隆之介)が顔を出します。

 潤平と奈津美は高校時代からずっと交際を続けていて、でも奈津美は少し冷めてもきていて、いつもサプライズをしたがる潤平に「なんだかなあ」という思いを抱いていたのです。それを感じ取った春斗が奈津美に、逆にサプライズをしてみれば?と持ちかけたのでした。春斗の潤平への深い理解と愛情が感じられた場面でもありました。

 ほかに、良かったのは「大豆田とわ子と三人の元夫」。初めは軽妙な会話のやりとりを楽しんでいましたが、中盤から後半にかけて、登場人物の本当の思いがだんだん見えてきて、切なくなりました。放送の最後に主題歌と共に流れるシーンがとてもおしゃれでした。大豆田とわ子(松たか子)と三人の元夫(松田龍平角田晃広岡田将生)が登場するのですが、三人のうち、その回でクローズアップされた元夫の登場時間がたっぷり長いのです。つまり、通常バージョンのほかに3パターンが用意されていたわけで、「凝っているなあ」と感心しました。

 「今ここにある危機とぼくの好感度について」。渡辺あやさんの脚本らしく切れ味の鋭いブラックコメディでした。松重豊演じる学長が途中からとてもダンディでかっこいい初老男性に変身します。背が高く痩せていて小顔なので、立ち姿が様になって、背中に哀愁が感じられる場面もあり、この俳優さんの新しい魅力を発見できました。5回しかなかったのが残念でした。

 「イチケイのカラス」は現実味が乏しかったけれど、毎回スカッとするので楽しめました。「コタローは一人暮らし」も、最初は幼稚園児が一人暮らしするなんてありえない! と思っていましたが、背景にDVやネグレクトのようなシリアスな問題が出てきたり、コタローに関わる大人たち(横山裕生瀬勝久百田夏菜子ら)が良くて、それなりに見応えのある作品になっていました。

 そろそろ夏の連続ドラマが始まっていますが、今のところ食指が動く作品が見当たりません。豊作の後は不作かなあ。

5月末からの山歩き

5月30日。

 家族と二人で山の会の体験ハイキングのコースを歩きました。阪急電車神戸線の岡本駅から山手に登り、八幡谷登山口→はぶ谷→七兵衛山→横の池の雌池→雄池→風吹岩→道畦→鷹尾山→城山→芦屋川駅、というコースです。

 横の池の雌池が見えるところに着いて少し歩いた後で分岐を間違え、大きな岩の隙間の狭い道を歩いたり、ちょっとした岩場を下りたり。予想外だったので疲れました。結局、雄池には出ないまま、風吹岩に着いてしまいました。後で調べたら、かかった時間はほとんど変わりませんでした。

 鷹尾山ではピークに標識があるはずなのに、見過ごして城山まで行ってしまいました。その後、鷹尾山にクマが出たという情報をそらまめさんから聞き、六甲にもついにクマが! と衝撃を受けました。

 YAMAPでは歩いた時間は岡本駅から4時間53分、距離は7.1km。歩数計では1日で25731歩歩いていました。

 6月5日。

 5月下旬に上のコースの下見をしていただいたSさん、Sさんのお知り合いのKさん、Sさんとよく一緒に例会に行っているTさんと4人で体験ハイキングの中山のコースを歩きました。Kさんは中山の近くに住んでいる方で、この辺りのコースに詳しく、Tさんも体験ハイキングでこのコースのSLをしたことがあるそうで、お二人に教えてもらって、分岐を確かめながら歩きました。

 前回、家族と二人で歩いたとき、山頂から奥の院に行く途中、わざわざ遠回りをして…と思ったのは分岐を間違えていたからだとわかりました。奥の院から清荒神へ下る途中でロープを張った岩場を下ったので、「体験ハイキングでこんな危なっかしい道を歩くかなあ」と疑問に思ったのも、やっぱり分岐を間違えたからだとわかりました。

 わかってみれば、比較的歩きやすいコースでした。

 YAMAPでは4時間55分、8.3km。歩数計では26817歩歩いていました。

6月9日。

 山の会で7月4日に初めてSLをするコースをCLさんと一緒に歩きました。下見です。

 阪急電車宝塚線清荒神駅→奥の院→最高峰(昼食)→夫婦岩中山寺。とこう書くとシンプルで、私自身、中山は何度も歩いているので大丈夫とたかを括っていたのですが、とんでもなかったです。今まで気にも止めていなかった分岐を何度も曲がり、存在すら知らなかった細い道を歩く、入り組んだコースでした。特に午後は分岐が多すぎて、頭の中が混乱してしまいました。一番メインの参道は日陰が少ないので暑く、この日歩いた道は木陰が多いので涼しく歩けて、その点は楽でした。

 YAMAPでは5時間23分、8.3km、歩数計では28276歩歩きました。

6月20日

 CLさんにお願いして、二度目の下見をしてもらいました。紙と筆記具を手に、分岐ごとに簡単な絵と説明を書き留めていったので、ようやく全体がわかってきました。CLさんのお友達や私の友人も同行して、楽しく歩きました。

 高齢者の多いグループが暑い時期に歩くには全体に距離が長すぎ、時間もかかりすぎるので、最高峰まで行くのはやめて山頂展望所で昼食を取り、下山することに。これで1kmくらいは距離が短くなりました。

 YAMAPでは4時間49分、7.3km。歩数計では28607歩歩いていました。

6月24日。

 そらまめさんに付き合ってもらい、上記のコースをおさらい。分岐を確認しました。YAMAPの「道間違いお知らせ機能」をONにしておいたら、正しいルートを歩いている時にもたびたびアラームが鳴るので困ってしまいました。これでは本当に道を間違えたとき、「また鳴ってるわ」と無視してしまいそうで、意味がありません。

 そらまめさんと一緒に山を歩いたのはめちゃくちゃ久しぶりで、楽しかったです。付き合ってもらえて助かりました。午後、雨が降り出しましたが小雨ですみました。YAMAPでは4時間49分、7.3km。歩数計では28607歩歩いていました。

 6月28日。

 24日に歩いたとき、よくわからずじまいだった分岐が2カ所あったので、確認するために一人で中山へ。清荒神から登るのではなく、中山寺から登って中山寺に下りました。2時間、4kmほど歩いて2カ所とも確認できました。歩数計では18794歩。蒸し暑くて、どっさり汗をかきました。

 

 この間、何度か中山を歩いて、紫陽花に癒されました。

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 中山寺の境内では大きな鉢に植えた蓮の花が見事でした。

 

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二つの連ドラに出演している俳優さんが6人も!

 春シーズンの連続ドラマを見ていて、「あ、この人、ここにも出ている!」と驚いた俳優さんが何人もいました。

 芳根京子 「コントが始まる」「半径5メートル」

 吉田羊  「きれいのくに」「生きるとか死ぬとか父親とか」

 國村隼  「今ここにある危機とぼくの好感度について」「生きるとか死ぬとか父親とか」

 中村倫也 「珈琲いかがでしょう」「コントが始まる」

 松坂桃李 「今ここにある危機とぼくの好感度について」*1「あのときキスしておけば」

 渡辺いっけい「「今ここにある危機とぼくの好感度について」*2「大富豪同心2」

 

    *1「あのときキスしておけば」は見ていません。

    *2「大富豪同心2」は始まったばかりです。

 

 連ドラに出演できるかどうかは俳優さんにとって大問題のはず。大勢いる俳優さんの中で一部の俳優さんたちが二つのドラマに出ているというのはいったいどういう訳なんでしょう。偶然にしては人数が多すぎる気もして、不思議でなりません。

 

 このシーズン、いくつもドラマを見ていて一番印象に残った俳優さんは「大豆田とわ子と三人の元夫」に出ている石橋静河(しずか)です。ゆで卵の殻を剥いたようなつるんとした肌の印象と不思議な存在感が気になりました。

 調べてみたら、原田美枝子石橋凌の娘で、ダンサーでもあるらしい。朝ドラ「半分、青い」で佐藤健が演じた律の妻役だったそうなのですが、覚えていません。2017年公開の映画「夜空はいつでも最高密度の青色だ」(私は見ていません)で新人賞を総なめにしたそうです。とりわけブルーリボン賞の新人賞は原田美枝子も受賞しており、親子での受賞は初めてだとか。これからも注目していきたい人です。

 ドラマはほかに「最強のオバハン 中島ハルコ」「イチケイのカラス」「コタローは1人暮らし」も見ていました。

 

追記:その後、蓮佛美沙子も「きれいのくに」と「理想のオトコ」の両方に出ていることがわかりました。吉田羊も蓮佛美沙子も「きれいのくに」での出演は最初の方のちょっとだけでした。

さらに追記:伊武雅刀が「コントが始まる」に出演、「今ここにある危機とぼくの好感度について」でナレーションを担当していました。

片岡秀太郎さんが亡くなられました

 片岡秀太郎さんが亡くなられたことを夕刊で知り、衝撃を受けています。中村吉右衛門さんがこのところ体調不良で公演を途中から休んだりなさっていて、気になっていたのですが、秀太郎さんについてはそんな情報をまったく聞いていませんでした。79歳になっておられたようです。人間国宝でした。

 以下、敬称を省略します。

 十三世片岡仁左衛門人間国宝)の子息。三兄弟の次男。兄は片岡我當、弟は十五世片岡仁左衛門人間国宝)です。品と柔らかみを備え、上方歌舞伎の伝統を受け継ぐ女形でした。

 ずいぶん前の話になりますが、京都の南座で見た「新口村(にのくちむら)」が忘れられません。幕が上がると、舞台は雪景色の村。中央に寄り添って立つ美しい男女。お揃いの衣装は黒地に上品で華やかな柄が浮き出ています。忠兵衛(立役)は今の仁左衛門、遊女・梅川(女形)は秀太郎でした。

 罪を犯して、死ぬしかないと決心した忠兵衛、忠兵衛と一緒に死ぬことを決意した梅川。二人は忠兵衛の故郷、新口村にたどり着きます。忠兵衛の父、孫右衛門が向こうからやってくるのを見て、二人は道ばたの小屋に隠れます。孫右衛門は息子が追われる身になったことを知り、心配でたまりません。

 わらじの緒が切れて、雪の中、年老いた孫右衛門はそれを直すのに難儀します。見かねた梅川が小屋から出てきて助けます。やり取りから、孫右衛門はこの女性が息子の恋人であること、そばの小屋に忠兵衛が身を潜めていることを察します。しかし、追手が迫っており、犯罪者とわかっている息子と顔を合わせることはかないません。孫右衛門はさりげなく逃げ道を教えます。二人が落ち延びていく姿を孫右衛門はいつまでも見守っています。

 孫右衛門を演じたのは十三世仁左衛門でした。高齢で、すでに目はほとんど見えていなかったらしいです。たしかに、足元は少しおぼつかなく見えましたが、それは孫右衛門が高齢だからと感じられ、視力がないようにはとても思えませんでした。親子の情愛が深くしみじみと描き出されて、熱いものが胸に込み上げました。忘れられない名舞台です。

・・・・・・・・・・・・

 秀太郎さんは上方歌舞伎の灯を消すまいと尽力してこられ、3期にわたって開かれた「松竹上方歌舞伎塾」の指導、公演の監修を担当されました。「おちょやん」で注目を集めた片岡松十郎さんは上方歌舞伎塾の卒業生です。

 一般家庭出身の愛之助を養子に迎えたのも、上方歌舞伎の伝統を受け継ぐ者を育てようとの思いからに違いありません。愛之助が思いがけずブレークしてすっかり有名人になり、その分、地元の大阪より東京での仕事が増えていったのは少し寂しかったのではないかと想像します。

 最近は歌舞伎を見なくなった私ですが、数十年の間、どっぷり浸かっていた歌舞伎の世界には今も愛着があり、郷愁さえ覚えます。頻繁に公演を見ていた頃に親しんでいた俳優さんがまた一人亡くなられたのは、なんとも言えず寂しいです。

 

リハビリ山行を続けています

 その後もほぼ週1回のペースでリハビリ歩きを続けています。

 5月9日。

 山の会の体験ハイキングのコースのうち、中山コースへ、家族と二人で行きました。中山寺→シンボル広場→東屋→夫婦岩→お地蔵さんのある分岐→中央展望所→山頂。昼ごはん。

 午後は午前中歩いた道を戻り、お地蔵さんのある分岐から奥の院へ。清荒神方面に向かって下ります。林道、渓谷沿い、尾根道をたどって大林寺→清荒神駅に到着。

 歩いてみてわかったのは、他のコースと距離を同じくらいにするためか、午後は山頂から奥の院へ行くのにわざわざ遠回りするのです。ちょっと徒労感を感じてしまいました。

 奥の院から大林寺までの道は、合っているのかどうか、途中でわからなくなりました。ロープづたいに急な岩場を下るところがあったりして、「体験ハイキングでこんな歩きにくい道を歩くかなあ」と頭の中が疑問符でいっぱい状態に。道を間違えたのかもしれません。この辺りに詳しい会員さんにいずれお聞きしてみようと思いました。

 道ばたで見た花。

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 グーグルレンズで調べましたが名前がわかりません。

 YAMAPでは歩いた距離は8.3km、5時間弱。上り589m、下り601mでした。歩数計では家を出てから帰るまで18km以上歩いていました。

 

5月15日。

 体験ハイキングのコースのうち、岡本駅発芦屋川駅ゴールのコースへ。午前中のルートはほぼわかるのですが午後の分がわからないので、山の会の友達でベテラン(でも年は私より若い)のゆこりんさんにつきあってもらいました。

 天上川公園→八幡谷登山口→山の神→はぶ谷→こもれび広場→七兵衛山→横の池。昼ごはん。

 午後は風吹岩→高座谷への分岐→道畦(あぜ)→鷹尾山→城山→山芦屋公園。

 午後のルートがやはりわかりづらくて、ゆこりんさんに教えてもらえて助かりました。私一人だったら、道に迷ってしまいそうでした。まさかこんなところを登らないよね?と思うようなところを登っていったりするのです。さすが山の会!? でも、後でそのややこしい一帯を歩いた時間を調べてみたら、20分もかかっていませんでした。初めてだったので、もっと長く感じていました。

 YAMAPでは歩いた距離は6.6km、4時間40分ほど(休憩を含みます)。上り573m、下り592mでした。歩数計では家を出てから帰るまで17km余り歩いていました。

 

5月23日。

 山の会の50代の友達、Yさんと二人で山行。阪急電車三宮駅西口から舗装路を歩いてJR元町駅の山手にある諏訪山公園へ。天気が良く暑くて、最近の習慣でマスクを二重にしていたら酸欠になりかけました。これからの季節は気温が上がり、暑い屋外でマスクをしていると熱中症になりやすいので気をつけないといけません。

 ルートは諏訪山公園→猩々池→善助茶屋跡。東屋で昼ごはん。午後は二本松バス停→堂徳山→市章山→錨(いかり)山→ビーナスブリッジ→諏訪山公園。

 午後のルートは友達に連れてきてもらって歩いたことがあるのですが、ほとんど覚えておらず、わずかな記憶とYAMAP頼みでした。YさんがYAMAPの地図を上手に見て、標識のない分岐で私が迷っていると「こっちだと思いますよ」と言ってくれるので助かりました。

 大雨が降ったあとだったので、雨の痕跡を引きずりにくいコースを選んだのですが、それでも道の上をごく浅い川のように水が流れている場所があったり、思いがけない地点に滝ができていたりして、

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やっぱり雨の影響が感じられました。

 歩き始めの酸欠状態を引きずったのか、いつもより疲れました。YAMAPでは距離は6.3km、4時間余り。上り504m、下り512m。歩数計では18.5km歩いていました。

 

5月26日。

 山の会のベテラン(年は私よりずっと若い)で健脚のSさんにお願いして15日に歩いたコースを一緒に歩いていただきました。7月末の体験ハイキングでSさんがCL、私がSLをすることになっているので、その下見です。

 ルートは同じなので省きます。平日で人は少なかったのですが、同じ山の会の会員さんに何度もお会いしました。私が知っている方はおられず、Sさんは全員ご存知の方ばかりでした。

 本番を想定して歩くスピードを確かめたり(といっても私はゆっくりしか歩けませんが)、休憩のポイントと休憩時間を確認させてもらったり。横の池は増水していて、そういう場合は昼休憩の場所に出るまでに道を迂回していく方法を教えていただきました。午後の「こんなところを歩くの!?」ポイントは、2度目だったのでごく短い距離だとわかりました。歩きながらいろいろ話したり聞いたりできて、今まであまりお話ししたことのなかった方なのに、いっぺんに距離感が縮まりました。

 YAMAPでは距離は6.6km、4時間50分。上り568m、下り586m。歩数計では18km近く歩いていました。

 

 

能楽界の苦境

   ツイッターで見つけた川口晃平さん(HN古墳系男子さん)という能楽師さんのブログ記事です。心に迫るものがありますので紹介させていただきます。

 

これは書いていいのかわかりませんが、能楽師の主催する能公演の殆どは赤字で行われています。
それはチケットが完売した場合の収入から舞台使用料や諸経費、出演者への御礼を差し引くとゼロになる計算だからです。
チケットを高くすれば売れませんし、安くするとキャパの小さい能楽堂では収入が足りなくなります。
そしてチケットが売り切れることはなかなか有りませんから、始めから赤字を見越して行われるのです。
また多くの場合、公演の宣伝から諸々の手配、チケットの配送など全ての事務作業を能楽師個人が行わなくてはなりません。
能楽師は公演の当日まで役者として研鑽しつつ、同時にこの事務作業に追い詰められなくてはならず、なかなか役者業に集中させてもらえません。
それでもこの曲をこの共演者で舞ってみたい、挑戦してみたいという思い一つで、能楽師は公演を打ちます。
ですからその意気に感じて、できるだけ多くのお客様が能楽堂に足を運んで下さることを願ってやみません。

歌舞伎のように企業によって運営されず、文楽のように国から補助を受けていない能ですが、世界一の美意識と日本文化の粋が生きている、人類にとって失うべからざる古典です。
これほど価値のあるクラシックを、なかなか楽に運べない能役者達の掌に任せておくのは本当に危うい感じがいたします。
また、この苦しい台所事情で、能楽師は大名が威信をかけて作らせていた能面能装束を保全し、舞台で使用し次代に伝えていかなくてはなりません。
殊に能装束は新しく作り継いでいくことが重要ですが、技術の粋を尽くした衣装ですから当然の如く非常に高価で、なかなか普段手の届くものではありません。
それでもお金を貯めては装束を作るのが能楽師という人々です。
能楽師が作らなくなれば、装束屋さんも潰れ(実際ここ数年でいくつか廃業しています)、室町以来蓄積してきた高い技術や美意識も風化していきます。
装束以外の小道具も職人の高い技術に支えられてきましたが、職人は減る一方で危機的な状況です。
また、能面能装束の海外流出も続いています。
そんな厳しくなりつつある状況のなか、能楽師たちがなぜ能を決して手放さず日々勤めているかと言えば、能の素晴らしさを強く信じているからです。
それは、あらゆる国民が享受している日本文化の屋台骨の一角を、大きな喜びをもって支える活動です。
皆さんにも参加していただきたい。
能にふれ、能を習い、能を見に来て、能のファンになってください。
必ずや能は人生を歩む上での宝物になると信じています。

プロフィール

古墳系男子のプロフィール

古墳系男子

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男性
誕生日:
1976年4月13日
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イスカの動画です

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 イスカって雌雄で色が違うんですね。茶色っぽいのが雄です。

 ちなみに「仮名手本忠臣蔵」で勘平が「イスカのはしの食い違い」と言うのは、自分の行動と周囲の人の行動がかみ合わず、誤解の積み重なりで切腹に追い詰められる仕儀になってしまったよ、という嘆きの術懐です。

 

諏訪山公園〜再度公園〜森林植物園〜谷上。久しぶりに10km以上歩きました

 昨日は山の会の友達、ユコリンさんと半年以上ぶりに再会して一緒に山を歩きました。家族やほかの友達もいて4人のグループです。JR神戸線元町駅を北へ登り、諏訪山公園へ。ストレッチをして、神社の境内を抜け、大師道を歩きます。もみじの青葉が目にしみるような美しさです。

 猩々池、善助茶屋跡を経て昼前、再度公園に到着。今まで見たことがないほどたくさんの人が来ています。小さい子どもを連れた家族が多いようです。無料の広い駐車場があるので、車で出かけるのに絶好の場所だからでしょう。敷地が広いので密になるおそれもありません。

 ベンチが全部埋まっていたので、木陰の地面にシートを敷いてお昼ご飯に。野外で食べるご飯はとびきり美味しい!

 午後は善助茶屋まで戻って、堂徳山、市章山、錨山を経て元町にゴールという予定だったのですが、ユコリンさんは「森林植物園でシャクナゲが見頃だからそっちへ行くわ」と言います。私もシャクナゲに心をひかれたので予定を変え、引き続きユコリンさんと行動をともにすることにしました。

 洞川湖のほとりを歩くと、野鳥の写真を撮ろうとデカい望遠レンズを構えた人が数人いました。「どんな鳥がいるんですか」と尋ねてみると、「イスカが何羽もいるんですよ。あそこに」。指差す方向にあった木を探してみましたが、鳥の姿は見つけられませんでした。イスカといえば仮名手本忠臣蔵の勘平が切腹に追い込まれる場面で語る「イスカのはし(くちばしのこと)の食い違い」というセリフを思い出してしまいました。イスカは上下のくちばしの先が合わさらず、左右に離れているらしいです。

 学習の森に着き、森林植物園の西門へ。森林植物園は今、施設(建物)には入れませんが園内の通行は自由です。

 目当てのシャクナゲは残念ながらもう終わっていました。今年は花の咲く時期が早いですね。でも、きれいな花がいくつも咲いていました! オオデマリアジサイの仲間のように見えます。

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 サラサドウダン。小さな鈴のような花が可愛い! 色も個性的です。

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 エビネ

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 これもエビネだそうです。

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 ユキモチソウ

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 花を見るのは何より好き。眼福です。

 山田道を歩き、谷上でゴール。以前は増水すると渡れなくなる所が1箇所ありましたが、橋じゃないけど橋のようなものが設置されていて、渡れるようになっていました。助かる!

 YAMAPの記録では10.7km、5時間15分ほど歩いていました。上り高低差は610m、下りは455mです。リハビリ歩きを始めてから、10km以上を歩いたのは初めてです。きつい登りや下りはまったくなかったので、楽しく歩ききることができました。

八幡谷〜打越峠〜クリンソウの小群落を見て七兵衛山〜はぶ谷を下る

 4月下旬、友達を誘ってこの前のコースをおさらいすることにしました。いずれは体験ハイキングのリーダーをしないといけないことになるので、道を覚えておきたいのです。

 打越峠までは前回どおり。ここで山の会の先輩たち4人のグループに会いました。みなさん口々に「クリンソウが咲いているから見てきたらいいよ」と言うのです。クリンソウといえば、桜草に似た可愛い花です。予定外でしたが、道を教えてもらい、見に行くことにしました。

 打越峠から住吉川方面に向かう道を下って行きました。林に囲まれた、気持ちの良い道です。15分ほど歩くと、左手にクリンソウの小さな群落が見つかりました。そこだけよく日が当たっていて、とても元気そう。つぼみもたくさん付いています。

 

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 草丈は50〜60センチくらい。こんなに大きくなる植物だとは知りませんでした。山に咲いている花との出会いはタイミングが難しく、こんな見頃の時期に出会うのは幸運です。教えてくださった先輩たちに感謝!

 しばらく楽しみ、写真を撮ったり、通りがかったハイカーに教えてあげたりもして、元の打越峠に戻りました。ちょうど12時。折良く他に誰もいなかったので、ベンチで昼ごはんにしました。

 クリンソウを見に行った分だけ予定より時間がかかったので、七兵衛山に登って眺望を楽しんだあとは、はぶ谷を下って岡本駅に戻りました。YAMAPの記録では八幡谷入口をスタートしてから天上川公園に戻るまで5.3km、4時間25分でした。

 

八幡谷〜打越峠〜七兵衛山〜風吹岩〜会下山遺跡を歩く

 4月下旬、所属している山の会の体験ハイキングのコースの一つを歩きました。体験ハイキングというのは、入会希望者に歩いてもらい、山歩きの楽しさを味わってもらう企画です。そのコースが6種類あるのです。

 阪急電車神戸線の岡本駅から北へ少し歩いたところにある天上川公園でストレッチ。5分ほど歩いて八幡谷の入口に着きます。

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 杉の木が鬱蒼と茂る深い谷を登っていきます。「山の神」と呼ばれる岐路から「十三曲がり」が始まります。

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 つづら折りの道の名前で、13回曲がるという意味だそうです。私は数えたことがありませんが、本当に13回曲がるらしい。

 打越峠に到着。

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 展望はゼロ。でも、木で作ったベンチが設けられていて、絶好の休憩スポットです。道がいくつかに分かれています。標識の通りに歩いて七兵衛山へ。眺望抜群。

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 晴れているけれど少しもやがかかっています。ここで昼ごはんにしました。

 七兵衛山を下って元の道(甲南パノラマ道)を進み、横ノ池(横池)へ。雌池、雄池と池のそばを歩き、風吹岩へ。

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 鎖で囲んである大きな岩は、つい最近まで上に乗っかっていたものです。何の影響だったか忘れましたが、落ちてしまったのです。おかげで前よりてっぺんに登りやすくなりました。

 魚屋道(ととやみち)を通って蛙岩へ。

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 長い下り道をたどり、会下山(えげのやま)遺跡という弥生時代の遺跡を通って芦屋川駅に着きました。途中、モチツツジがきれいに咲いていました。

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 山の会の案内では10km、3時間半と表示されていますが、そんなに距離はなかったような。ゆっくり歩いたので、時間はもっとかかりました。

 この日は家族と二人で歩きました。天上川公園から八幡谷入口までの道筋や、途中いくつもの分岐でどちらへ行くかが、私にはわかっていなかったのです。方向感覚がしっかりしていて地図も読める家族に同行してもらったおかげで、ルートがよくわかりました。

 

「おちょやん 」第105回、珠玉の15分

 放送中の朝ドラ「おちょやん 」、過去記事で「面白くならないわけがない」と書きましたが、その後は、思ったほど面白くなかったのです。主人公の千代を演じる杉咲花がしばしば早口でわめくような調子でセリフを言うのが耳障りで、しかも何を言っているのか聞き取れない。それがストレスに感じられて、まともに見なくなってしまいました。

 ところが終盤に入ってから、俄然面白くなってきたのです。千代が歳をとったからか、わめくようなセリフ回しは影を潜めました。かつて千代をひどい目に合わせた継母・栗子と再会して、栗子の孫(千代にとっては姪)の春子と3人暮らしを始めてからの様子は、見ていても心安らぐものでした。

 NHK大阪局で新しいラジオドラマの企画が進み、主演する喜劇俳優・花車当郎(塚地武雅。モデルは花菱アチャコ)と脚本家の長澤誠(生瀬勝久。モデルは長沖一)が千代を見つけ出し、ドラマに出演してほしいと説得しますが千代は拒みます。役者をやると、辛い事件(夫・天海一平…モデルは2代目渋谷天外…に手ひどい裏切りを受けたこと)を思い出してしまい、辛くなるから、と言います。

 そして迎えた今週最後の回が今日、第105回でした。これが素晴らしかったです。春子(毎田暖乃)の無邪気さを全開させた愛情あふれる演技。栗子(宮澤エマ)の抑えた、でも感情豊かで行き届いた演技。千代役の杉咲花は二人の演技に反応して、涙をぼろぼろ流していました。俳優さんによってはまぶたに少しだけ溜まった涙を、まぶたを閉じて押し出したりしますが、杉咲花は目を見開いたままで涙がいく筋も流れるのです。

 折に触れて小ぶりの花かごを送ってくれていたのが栗子だったとは! 「こっそりあんたのお芝居見るのがアテの生きがいになった」「見るたんびに元気もろた」「アテはあんたのお芝居が大好きや」。放送の最初の方で冷酷で性悪な女という刻印を残していた栗子のイメージが、今週は少し変わってきていました、それが今日は、決定的に覆りました。栗子の生きてきた人生、千代に寄せる思いが一気に浮かび上がりました。宮澤エマの演技には心をつかまれました。

 かつて、千代が栗子に対して抱いていたのは憎悪でした。栗子は千代に無関心でした。それが、共感しわかり合える関係に変わったのです。大きな変化を媒介したのは春子の存在でした。

 この回を見たら、後はもうどうでもいいかも? と思ってしまったくらい、今日の放送は奇跡のような出来栄えでした。ただ、冒頭、千代が学校に行く春子を送り出す場面で、千代の帯締めの片側が外れていたこと、塚地武雅の関西弁イントネーションに2度違和感を覚えたことだけが残念でした。

NHKドラマ「きれいのくに」、見たことのある顔が次々に

 目利きの友達がブログでほめていたNHKの新ドラマ「きれいのくに」。見ていなかった初回放送を再放送で見ました。

 主人公の女性を吉田羊と蓮佛美沙子が演じることや稲垣吾郎が出ていることは知っていましたが、ほかにも見知った顔が次々と登場しました。吉田羊の妹役に村川絵梨。朝ドラ「風のハルカ」(05〜06年放送)で主人公を演じた人です。87年生まれらしいので、当時は18歳くらいだったのかな。ボーイッシュで可愛いイメージでした。

 その後、いろんなドラマでちょくちょく顔を見ましたが(特にNHKはよく使っていました)パッとせず。少女の顔から大人の女性の顔に変わったとき、とりたてて美人でもなく可愛い系でもなく、かと言って個性的でもない顔立ちだったので(失礼!)、これから難しいだろうなあと思っていました。

 今回、画面に登場したとき、おやっ、この人誰だろう? 村川絵梨? それにしては随分きれいになったなと思いました。中途半端な感じが消えてすっきりしているのです。整形か、それとも心境の変化でしょうか。

 蓮佛美沙子の元夫役が橋本淳(あつし)。この人は顔を見たとき、すぐに名前を思い出しました。確か朝ドラの何かで主人公の弟役だったけど、どのドラマだったかなあ。調べてみると、「ちりとてちん」(07〜08年放送)でした。主人公は貫地谷しほり。橋本淳も87年生まれらしいので、当時は20歳くらいだったのかな? 今は34歳くらいかな? その後、テレビドラマでは見かけた覚えがありません。今までどんな仕事をしていたのかなあとウィキで調べてみたら、主に舞台で活動していて、有名な演劇賞をいくつも受賞しています。そんなに成長しているなんて、ちっとも知りませんでした。

 「ちりとてちん」出演者では貫地谷しほりが今も活躍していますが(中村倫也主演の「珈琲いかがでしょう」でも第1回でゲスト出演していました)、出世(?)頭は彼女の相手役を務めた青木崇高でしょう。当時はほとんど無名だったと思うのですが、今ではすっかり大物になりました。体格が良く、独特のワイルドな雰囲気があるので、ありきたりなイケメンさんより個性的で印象に残ります。優香と結婚したときは「逆玉の輿婚?」と思いましたが、そうでもなかったのかもしれません。

 蓮佛美沙子が経営する美容院の美容師役に徳永えり。この人も朝ドラでよく見かけます。調べてみると、「梅ちゃん先生」「あまちゃん」「わろてんか」、それに「エール」にも出ていました。NHKって朝ドラで一度使って気にいると、その後もずっと呼んでくれるのかな。

 朝ドラで主人公を演じてその後も活躍している女優さんに倉科カナがいますが、この人の場合はあまりNHKで見かけません。相手役だった大東駿介の方がよく見ます。この辺は、何がどうなってこういう結果になっているのかなあ。どうでもいいことだけれどちょっとだけ気になります。

 

 

吉野山奥千本、西行庵を訪ねて

 この前の日曜日に吉野の奥千本へ行ったことを書きそびれていました。中千本あたりまでは去年行ったし、桜も終わっているので、近鉄吉野駅と中千本の間はバスで往復。中千本と奥千本の西行庵の間を歩きました。

 バスを降りてから、ほとんど舗装路が続きます。途中、花矢倉展望台からの眺め。

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 西行庵への方向を示す標識のあるあたりから、土の道に入ります。

 吉野杉の林を抜けて行きました。

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 切り立った崖沿いの狭い道を歩いたりして、山歩きの気分を満喫し、西行庵に到着。桜がまだ残っていました。

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 向かいの山肌は桜が切られて、若木が植えられています。

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 ごく最近、たまたまテレビで見たのですが、山桜の寿命は80年ほど。桜守さん(まだ若い男性でした)を中心に地元の方々が協力して、枯れた木を切り、若木を植えて、吉野山の景観を守っているそうです。上の写真の光景を目にしたときは殺風景でがっかりしましたが、10年もたてばまた桜、桜の吉野がよみがえるのでしょう。

 目当ての西行庵は少々わびしかったです。

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 茅葺の屋根が老朽化して雨漏りがひどいそうで、ビニールのようなもので覆ってあります。「復旧のめどは立っていません」と書いた札が置かれていました。なんだか悲しい。それでも、奥千本から西行庵をめぐるコースには、西行がいた頃の遠い昔の雰囲気がかすかに残っている気がしました。

 中千本までの帰り道、行きは素通りした吉野水分(みくまり)神社へ。

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 古い時代の建物がそのまま残っていて、奥ゆかしい場所です。前にも2度、訪れたことがあり、とても気に入っています。写真の左の木は桜で、まだ咲いているのですが、光線の加減かあまりきれいに見えません(涙)。

 歩いたのは中千本〜西行庵の行きが約2時間と、帰りは1時間半ほどです。歩数計では家を出てから帰るまでに17km余りも歩いたことになっていました。リハビリ歩きは順調です。