冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

篠山春日能 「班女」「鵜飼」

 4月10日(土)、丹波篠山市春日神能舞台で「第47回 篠山春日能」を見ました。昭和48年から始まり、阪神淡路大震災の年に休演。昨年はコロナウイルスの感染拡大のため中止。それ以外は毎年開かれています。私がこの催しのことを知ったのは2年前でしたが、その後はすっかり忘れていて、この春、初めて見ることができました。

 これまでの記録を見ると、昭和60年の第13回からほぼ毎年、大槻文藏さんが出演なさっています。大槻文藏さんが大好きな私。もっと早く気づけばよかったです。

 

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 能舞台は江戸末期に造られたという風情あふれる建築です。江戸城内にあった能舞台を模したものなのだそう。江戸城内の能舞台は明治期に失われ、こちらが今では重要文化財に指定されています。

 演目はまず能「班女(はんじょ)」。ハッピーエンドのラブストーリーです。シテの花子を浅見真州(まさくに)さんが演じるはずでしたが、体調不良のため休演。後見の上田貴弘さんが代演されました。

 冒頭、アイの茂山逸平さんの声がとてもよく響くのに驚きました。花子の恋のお相手、吉田少将(ワキ)は福王茂十郎さん。ワキとして最高レベルの方ですが、失礼ながらお年を召しておられ、ワキは面をつけないので、熱烈な恋物語の相手役としては老けすぎな気がしてしまいました。ご子息の和幸さんだったらどんなにか似つかわしいのになあ。なんて、能を見る態度としては邪道かもしれません。

 狂言「土筆」を挟んで、能「鵜飼」。あらすじを『能楽手帖』(天野文雄著、令和元年、角川ソフィア文庫)からお借りします。

 安房清澄寺から諸国行脚に出た僧たちが甲斐の石和(いさわ)で一宿しようとすると、里人から旅の者に宿を貸すことは大法で禁じられていると言われ、川辺の御堂に泊まることになる。そこに松明を手にした老鵜飼が自身の生業(なりわい)の罪深さを嘆きつつやってくる。その鵜飼は数年前に従僧に宿を貸した漁師だった。鵜飼はさらに、その後、禁漁の川で鵜を遣ったため、里人によって川底に沈められたことを語る。鵜飼はさらに生前の生業懺悔のため、鵜漁のさまを見せ、別れを惜しみつつ立ち去る。(中入)里人が鵜飼の悲劇を語り、僧たちに供養を勧めると、地獄の鬼が現われ、鵜飼は本来なら地獄に堕ちるところ、生前の善行(従僧への宿の提供)によって、極楽浄土に送られたと告げるのだった。

・・・・・・・ここまで・・・・・・

 通常の公演では前シテ・鵜飼の漁師と後シテ・地獄の鬼を一人の能楽師さんが演じます。すると後場には極楽往生を許された鵜飼はいなくなってしまうので、不自然だとされていたようです。今回は「古演出による」という小書が付いていたので、中入りはなく、鵜飼はそのまま舞台に残り、鬼は別の能楽師さんが演じました。これはとてもわかりやすくてよかったです。

 鵜飼の老人(亡霊)は大槻文藏さん、地獄の鬼は大槻裕一さん。ワキの僧は福王知登さんでした。文藏さんはこういう人物を演じると見事に弱々しく見え、体も小さく見えます。謡の声には一音一音に心を揺さぶられました。どうしてそういう気持ちになるのか、自分でもよくわかりません。裕一さんの鬼はダイナミックで力強く、老人をいたわるような仕草を見せるところが「地獄の鬼なのに優しいなあ」と思いました。

 この曲、老人が鵜飼のさまを見せる場面が見どころなのだそうです。僧が、「見せてほしい」と求めるのですが、殺生をする様子を見せろだなんて、変なお坊さんです。老人は鵜飼を良くない仕事とわかっていながら、実際にそれをやっていると愉しくてたまらなくなるのです。それでますます罪業が深いということになるようです。

 現代では鵜飼は観光としてもてはやされていますから(コロナの感染拡大で今どうなっているのかよく知りませんが)、今の私たちの感覚では鵜飼=殺生=罪が深い、という仏教的な考え方はすんなりとは理解できにくい部分があります。

 むしろ、人間は誰でも動物や植物の命をいただいて食べなければ生きていけない存在なのですから、そこに罪業の深さがあると言われる方が私にはわかりやすい気がしました。

 

 今まで薪能といった野外で行われる能の公演を見たことがなかったので、この日の催しはとても新鮮でした。野外公演は能を見慣れていない観光客が多いので騒がしくてじっくり能を味わうのには向かないと聞きますが、この日は能が大好きな人ばかり集まっていたようでマナーも良く、舞台に集中できました。ただ座席はパイプ椅子なので、15分の休憩が1回あるほかは約3時間座りっぱなしというのは少し疲れました。慣れている方は座布団持参でした。私も来年からそうしようっと。毎年欠かさず見たい能の公演が一つ増えてしまいました。

 

 

 

テレビドラマ「ソロ活女子のススメ」のすすめ

 始まったばかりのドラマ「ソロ活女子のススメ」(テレビ東京、関西ではテレビ大阪。金曜深夜0時52分から30分間)。先週放送の第1回を録画して、今日やっと見ました。楽しいです!

 40歳をちょっと過ぎたシングルの女性がソロで人生を楽しんでいる様子が描かれています。第1回は一人焼肉とドレスアップしてのリムジンツアー。一人焼肉がとても美味しそうでした。私もぜひ一度やってみたいです。ドレスアップ&リムジンツアーはまあいいかな。レンタルでドレスアップできるお店、リムジンツアーができる会社とはタイアップのようでした。

 主演は江口のりこ。この人をテレビでよく見るようになったのはいつ頃からだったか、思い出せません。異常なところのある怖い女など、個性的な人物を演じるのがとてもうまい女優さんです。ひょっとしてドラマ主演は初めてでしょうか。前クールでは「その女ジルバ」と「俺の家の話」に出演していました。どちらも江口のりこは良かった。「俺の…」では戸田恵梨香が演じる役よりよほど魅力が感じられ、クドカンは脇役の女性の場合は人物をちゃんと描けるんだなと思いました。最近はCMでも見かけるようになり、江口のりこもメジャーになったなあと感慨にふけってしまいます(変ですけど)。

 リムジンの運転手の役が正名僕蔵というのも良かった。私がこの俳優さんを初めて見たのは遥か昔の朝ドラ「ウェルかめ」(倉科カナ主演)で、その時から印象に残っていました。調べてみると、「大人計画」で阿部サダヲ猫背椿と同期なんですって。

 女性が一人で飲食店に入ることについて、冷たい目や不思議そうな目を向ける人がいまだに男女を問わずいます。なんででしょうね。そんなことはちっとも気にせず、好きな時間に好きなお店で一人で食事している女性もたくさんいますけどね。

 

 

 

諏訪山公園〜再度公園〜市ケ原〜布引滝を歩く(リハビリ歩き5回目)

 先日、中山で久しぶりにまとまった距離を歩いたときの心地よさが忘れられず、二日置いてまた山に行きました。JR神戸線元町駅西口を出発し、北へ上がって諏訪山公園でストレッチ。猩々池、善助茶屋跡を経て再度公園でお昼ご飯。市ケ原、布引滝を経て新神戸でゴールです。約10km、3時間半。山の会のAランク例会の定番コースです。

 このルートは秋には見事な紅葉が楽しめます。いまの季節は青楓です。葉っぱがまだ小さくて、子どもサイズでした。

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 シャガの花。

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 ミツバツツジ

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 この花はスミレの仲間でしょうか。

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 再度公園。

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 広々として、ベンチもたくさんあり、いくつものグループが楽しそうにランチタイムを過ごしていました。

 上り(再度公園まで)はほぼコースタイムどおりに2時間ほどで歩けました。下りはずいぶんスローペースで歩いたつもりでしたが、それでも1時間半ほどだったので、思ったほどには遅くなかったのかな。ときどき立ち止まって写真を撮る以外はほとんど休憩せずに歩いたので、時間が節約できたのかもしれません。上り高低差は572m、下りは523mでした。再度公園の標高は400mほどです。

 3度目のリハビリ歩きからソロ山行をしています。一人で山を歩くことって今までなかったのですが、予想以上に楽しいです。新しい発見! 

 もちろん友達と一緒に歩いたり山の会の例会で歩くのもこの上なく楽しいので、両方できるようになりたいです。今はまだ人と歩速を合わせて歩く自信がないので、しばらくソロ山行を続けます。方向オンチの私でも迷う心配のないコースを選ぶようにしています。

4度目のリハビリ歩き 中山山頂へ

 4度目のリハビリ歩きに出かけました。2度目と同じ、阪急電車宝塚線中山観音駅で降りて中山寺へ。桜が満開です。

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 境内を抜け、やすらぎ広場でストレッチをしました。10時20分頃スタート。ウグイスのさえずりが城山よりたくさん聞こえます。よかった! ウグイスが減ってしまったのかと気になっていたのです。ほかの野鳥の鳴き声もしきりに聞こえました。コバノミツバツツジのアーチ。

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 足元にスミレが咲いているのを何度も見つけましたが、写真はうまく撮れませんでした。夫婦岩を経て、奥之院へ。さらに山頂を目指します。リハビリを始めてから一番長い距離にチャレンジです。初心者向けのルートですが、6カ月ぶりに山を歩いている私にはそこそこ歩きがいがありました。終始ゆっくりペースで登り、2時間ほどで山頂に到着。標高478m。なんだかいろんなものが置いてあります。ポストを置いたのはどういう意味でしょう。お賽銭を入れる貯金箱?

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 この山頂はあまり広くないのですが、12時20分頃になっていたので人が少なく、お弁当を食べるのにちょうどよかったです。20分ほどで下山することに。下りは登りよりさらに慎重に、ゆっくり歩きました。ウグイスがすぐそばでさえずっています。立ち止まってかたわらの樹木に目を凝らしましたが、姿は見つけられませんでした。

 2時間近くかかって、スタート地点のやすらぎ広場に着きました。登りのコースタイムは思ったより早く、下りは予想以上に遅かったです。

 YAMAPの記録をつけなかったので、歩いた距離はよくわかりません。スマホの速歩計では26000歩余り、18km余りも歩いていました。ここには家と最寄駅の往復分も入っていますし、帰りに寄ったスーパーの店内で歩いた分などもカウントされているので、ずいぶん多めです。

 久しぶりに山歩きらしいことをして、全身にぐんぐんと血がめぐっている感じがしました。快晴だったこともあって、山道を歩くのが「気分最高!」と思うほど楽しく快適でした。かがとは登りの途中で痛み始め、下りでさらに痛くなりましたが、翌日にはほとんど治っていました。この分なら来週も山歩きができそうです。

「俺の家の話」と観世寿夫

 TBS系のドラマ「俺の家の話」(脚本・宮藤官九郎)が終わりました。能の家元の家族という設定だったので、毎回欠かさず見ていました。

 観山(みやま)流家元の長男、寿一役は長瀬智也。プロレスラーでもあります。この役を演じるために体を作って来て、試合のシーンを吹き替えなしで演じたのが素晴らしかった。でも、能は下手でした。初めの方で観山家の一門が集まった場で寿一が仕舞を演じ、一門の人々に後継者と認められるというシーンがありましたが、「あの仕舞で、なんで後継者OKになるの?」と不思議でたまりませんでした。

 もっともこれは最高レベルの能楽師さんたちの舞台を数多く見て来た(と言ってもここ3年ほどの話なのでたいしたことはないのですが)能マニアの私だから思ったことで、家族は「上手やったよ」と言っていました。大部分の視聴者には問題ないように見えたでしょう。それに、あの水準まで持って行くだけでもずいぶん大変だっただろうと想像はできます。

 最終回で寿一の異母弟の寿限無桐谷健太能楽師が息子にこんな落語のような名前をつけますかね)が「角田川」(金春流以外では「隅田川」。撮影に金春流能舞台を使っているからか、「角田川」の表記になっていました)のシテをつとめましたが、仕舞も謡も下手でした。

 一方、家元の寿三郎(人間国宝という設定)役の西田敏行の謡は上手なのでびっくりしました。調べてみると、若い頃に在籍していた青年座の養成所で俳優養成の一環として謡の授業が行われていたのだそうです。そんなプランを思いついた養成所のスタッフは慧眼だと思います。その授業を受けて謡の基礎をしっかり身につけ、数十年後にもちゃんとうたえる西田敏行も立派です。

 さらに驚いたのは、このとき講師として招かれたのが観世寿夫(ひさお)だったということです。観世寿夫といえば、戦後能楽界のスーパースター。「世阿弥の再来」とまで言われたそうで、いまだに能楽師さんや能楽評論家が書いた本を読むと、この人にまつわるエピソードがよく出てきます。将来は人間国宝間違いなしと言われていたのに、78年に53歳で亡くなってしまいました。その死が能楽界に与えた衝撃ははかりしれないほど大きかったようです。残念ながら私はこの方の舞台を拝見したことはありません。

 このドラマ、介護という身近なトピックを扱ってもいて、面白く見ましたが、熱中するということはなかったです。05年に同じTBSで同じクドカン脚本、長瀬智也と(岡田准一と)西田敏行出演で放送されたドラマ「タイガー&ドラゴン」は夢中になって見たのに。なぜ今回はハマらなかったのかなあ。たとえば寿一が寿三郎を初めてグループホームに預けて帰るとき寿一が泣き出してしまったシーンで、音楽が「ここは泣くシーンだぞ!さあ泣け!」とばかりに盛り上がったのにはしらけてしまいました。そんな小さい違和感が積み重なったのかもしれません。

 「タイガー&ドラゴン」では落語が扱われ、名人役の西田敏行は落語を見事にやってのけました。西田敏行ってつくづくすごい俳優さんです。

コバノミツバツツジを見に、城山へ

 芦屋の城山へ、リハビリ歩きを兼ねてコバノミツバツツジを見に行きました。そらまめさんに「咲いてますよ」と教えてもらったからです。

 この日は午後の山歩きでした。阪急電車神戸線芦屋川駅を午後2時15分にスタート。舗装路を登っていきます。阪神間の街は山の手に行くほど登り坂の傾斜がきつくなります。道沿いの豪邸を眺めながら、20分ほどで登山口に到着。からきし体力がなかった昔の私だったら、ここまで来るだけでもハァハァと息が切れて、「疲れた〜」とぼやいていたかもしれません。

 軽くストレッチ。水分補給もして、2時36分に登山口から山道に入りました。コバノミツバツツジがあちこちに咲いています。

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 小ぶりで華やかな色。春になると、この花を見るのが毎年の楽しみになっています。

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 まだ固いつぼみも多いので、しばらく楽しめそうです。

 花の写真を撮るために何度も立ち止まり、3時過ぎに頂上に着きました。前回より速く歩けました。うれしいな!

 頂上からの眺め。

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 向こうの山に山桜が咲いているようで、淡いピンクのかたまりがいくつも見受けられます。写真を撮りましたが、写り具合が冴えないのでアップするのはやめておきます。

 7〜8分休憩して下山します。20分で登山口へ。さらに25分で芦屋川駅に着きました。芦屋川沿いの桜並木は5分咲きくらい。

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 桜の開花が早すぎるのは温暖化の影響なのでしょう。「桜だ! 桜が咲いた!」とのんきに喜んでばかりもいられません。2月ごろから最高気温が平年より4度も5度も高い日が多く、このままいくと夏の最高気温は何度まで上がるのか、考えるとオソロシクなります。

 出発したのが午後だったので、その時すでに少しだけかがとが痛かったのですが、山道を登っているうちに痛みが消えました! 驚きです。下りではまた痛みが出て来ましたが、前回このコースを歩いたときに比べると、ずっと軽いものでした。着実に良くなって来ているかも!?

 残念だったのは、ウグイスのさえずりが一度しか聞けなかったこと。まだ時期が早いのかなあ。去年はもっとたくさん聞こえたような気がするのですけどねえ。

能「葵上」、狂言「梟」(大槻能楽堂)

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 20日大槻能楽堂で「葵上」を見ました。この曲は人気があってよく上演されるので、私も覚えているだけでも3度は見たことがあります。でも、今回の「葵上」は特別でした。シテ、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊の役を私の一番好きな能楽師さん、大槻文藏さんがなさるからです。

 当日のチラシから、解説を引用させていただきます(一部、書き加えています)。

 源氏物語を題材にした能で室町時代からの人気曲。光源氏の正妻・葵上の病を、照日(てるひ)の前(巫女)が梓弓をかき鳴らして占うと、六条御息所の生霊が破(や)れ車に乗って現れ、葵上に対する恨みを現します。生霊退散のため比叡山より横川の小聖(修験者)が呼ばれ祈祷すると、怨霊となった六条御息所が現れ、葵上をあの世に連れ去ろうとします。横川の小聖が真言を唱えさらに祈祷すると、御息所の心は浄化され、生霊は消えていくのでした。

・・・・・・・・ここまで・・・・・・・

 今回は「古式」という特殊演出でした。通常の演出では前場でシテの六条御息所は一人で登場するのですが、古式では青女房(侍女)を伴っています。私が前に浅見真州さんのシテで古式バージョンを見たときは青女房が3人いましたが、今回は一人でした。破れ車の作り物が橋掛かりに運ばれ、六条御息所がそこに乗って出てきたという形になったのは前回と同じでした。

 賀茂の祭に、六条御息所光源氏の姿を一目見ようと、牛車に乗って出かけるのですが、見物の場所を巡って葵上が乗った牛車と争いになり、六条御息所の牛車は葵上の家来たちによってぼろぼろにされてしまいます。この事件が六条御息所の心を深く傷つけ、葵上への憎しみを募らせることになります。舞台に登場する破れ車はこの事件の象徴であり、車は仏教の「輪廻」思想を表してもいます。

 前場での文藏さんの謡からはシテの底知れないほどの深い哀しみがくっきりと伝わってきました。ある一点で、その哀しみは憎悪に転化します。その一点での変化が手に取るようによくわかりました。そして、その後も哀しみはそのまま続いているのでした。こうしたシテの内面の変化に心を揺さぶられ、シテの思いを味わい、涙が出てきました。「葵上」を見てこんな気持ちになったのは初めてです。

 葵上を打擲しようとするシテを青女房は制止しようとしますが、シテを止めることはできません。すると青女房も同じようにして葵上を打ちます。打つ回数はわずかなのですが、本当は何度も打っているのだということが想像できます。

 後場で登場する六条御息所の生霊は白い小袖をかづいて顔を隠しています。その白さは、闇の中にうごめいて微かな風を送ってくる、正体不明の怪しいものを想像させてくれます。小袖を少し持ち上げたとき、般若の面の裂けた口元が見えます。舞台まで出てくると、般若の面の全貌が見えるのですが、横川の小聖の祈祷に合うと、白い小袖を深く被ってうずくまります。その姿が、不気味なはずなのに、なぜかとても美しく見え、存在感の強さに目が吸い寄せられました。

 横川の小聖とのたたかいでは所詮は生霊はかなうはずもなく、消えていくことになります。ここで葵上の側に立って見れば「ああよかった」と思うのでしょうが、そんなことは少しも思わず、六条御息所がいたわしくてたまりませんでした。

 葵上という人物はこの舞台には現実には登場しません。ただ、一枚の小袖が正先に置かれ、それが葵上だという約束になっています。このような演出方法は能独特です。

 この能の上演に先立って、狂言「梟(ふくろう)」が上演されました。これは「葵上」のパロディだと前もって資料を読んで知っていました。当日のチラシから、あらすじを紹介します(一部、手を加えています)。

 山から帰った弟の様子がおかしいので、兄は法師に診察を依頼します。法師は梟が取り付いているようだと診断し、治療の祈りを始めます。その祈りの途中から、兄の様子もおかしくなり、ついには法師にまで梟が取り付きます。

・・・・・・・・ここまで・・・・・・

 つまり、横川の小聖というような修験者の霊を祓う力を嘲笑しているのです。法師が登場する場面や祈りの場面で法師の語る言葉が横川の小聖にそっくりで、でも微妙に変えてあって、とてもおかしかったです。一部、「安宅」の弁慶の言葉とそっくりだと思った部分もありました。

 弟が「ホウッ」という叫び声をあげるところから梟が取り付いているとわかるのですが、兄、そして最後には法師までも同じ叫び声を上げるのが滑稽で笑えました。

 この公演は大阪府文化芸術創出事業として行われました。私が見たのは第一部で、その後、第二部が上演されました。第二部の演目は新作能「アマビエ」と能「土蜘蛛」でした。配られた資料に土蜘蛛についてこんなことが書かれていました。

「鋼の刀と、蜘蛛の糸では勝敗が見えているようにも思えますが、土蜘蛛は鋼を持つものに戦いを挑みます。凛とした白い蜘蛛の糸は土蜘蛛たちの心の叫びのようでもあります。」

 先日見た「土蜘蛛」がいっそうよく理解できた気がしました。

 

2度目のリハビリ歩きで中山寺奥之院へ

 前回から2週間ほどたって、2度目のリハビリ歩きに出かけました。夫の運転で阪急電車宝塚線中山観音駅のそばの駐車場へ。車を置いて、中山寺の境内に入ります。緊急事態宣言が解除されましたし、お天気の良い日曜日。おまけに敷地内にある梅園の梅が満開だからでしょうか、参詣客が多くて屋台まで出ていました。

 観梅は後まわしにして、登山道に入りました。広場でストレッチをしてから奥之院を目指します。

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  今回もゆっくり歩きました。1度目のコースに比べるとやや傾斜が急ですが、疲れるほどではありません。前のコースのような落ち葉の散り敷いた道ではないけれど、土の上を歩くのは何といっても快適です。

 途中、宇多天皇が大きな岩の表面に天神さん(菅原道真)の姿を掘り付けたという旧跡を見つけました。

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 何度も来ている道なのに、今までまったく気づきませんでした。写真ではわかりにくいですが、それらしき絵が彫ってあります。

 宇多天皇は道真を重用した人で、退位して上皇となった後、後継の醍醐天皇藤原時平の讒言をいれて道真を太宰府に流したのです。

 

 この辺りから道の傾斜が急になります。奥之院への参詣道だからか、あちらこちらにお地蔵さんの姿が見られます。手編みの毛糸の帽子はまだ新しいものでした。

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  野鳥がさえずり、川の水音が聞こえ、すがすがしさに心が満たされます。

  やがて夫婦岩に到着。奥之院まではもう一踏ん張りです。

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 出発から1時間余りで奥之院に着きました。ちょうど12時です。お参りをしてからお弁当を食べ、下山しました。売布神社に下りて、阪急電車に一駅乗って中山観音駅に戻る、という選択肢もあったのですが、梅を見たかったので来た道を戻ることにしました。午後1時半ごろ、ストレッチをした広場に到着。

 YAMAPの記録では、4.6kmを2時間半ほどかけて歩いたようです。上り高低差は353m、下りは333mでした。

 

 梅園には紅白の幔幕が張られて、お花見気分を盛り上げていました。

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 白梅も紅梅も匂い立つような美しさです。

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 梅の写真が案外きれいに撮れました。 

 今回も下りの途中からかがとが痛み始め、だんだん強くなりましたが、翌日には8割がた治っていました。痛くならずに歩き通せるようになるまでに、あとどれくらいかかるのかなあ。その日が待ち遠しいです。

  

コメントを書いてくださる皆さんへ

 このブログって、コメントを書いた後にひどく面倒な認証をしないといけないんですね! 一度、自分でやってみて、なんだこりゃーとたまげました。そういえば以前、知らない人のブログを読んでコメントを書こうとしたらこの認証が出てきて、うまく行かないので書くのをやめたことがあります。あれがはてなブログやったんや!

 認証がうまくいかないと(何が間違ってたのかよくわからないまま)、コメント欄に書き込んだ文章が消えてしまう! ひどーい! 書いたらコピペして保存しておかないと、二度手間になって消耗してしまいます。コメント欄が狭いのでコピペするのも面倒だし。

 そんな厄介な手続きを踏んでコメントを書き込んでくださった皆さん、ありがとうございます。感謝しています。ご迷惑をおかけして申し訳ないですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

能「石橋」と歌舞伎舞踊「連獅子」、能「土蜘蛛」の動画を貼り付けました

 能「石橋」のダイジェスト版をYouTubeで見つけたので、その記事の末尾に貼り付けました。歌舞伎舞踊「連獅子」の動画もアップしました。中村富十郎・鷹之資親子のも捨てがたかったのですが、中村勘九郎七之助兄弟バージョンのダイジェスト版にしました。

 能「土蜘蛛」の動画も見つけました。こちらもダイジェスト版です。「土蜘蛛」の記事の最後に貼り付けました。

 こういう派手な曲はYouTubeで見つけやすいみたいです。百聞は一見にしかず。ぜひご覧ください。

城山でリハビリ歩き

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 お天気が良くて暖かいので芦屋の城山へリハビリ歩きをしに行きました。阪急電車神戸線芦屋川駅から往復1時間半のお手軽ハイキングです。

 昨年10月半ばから左のかがとが痛くなり、足底筋膜炎とわかりました。足を休めることが必要なので、11月から後、山歩きをやめました。

 でも、これがなかなか治ってくれないのです。家の中でじっとしていても立ったり歩いたりはするので、完全に休めるのは無理。かといって、座ったり寝たりばかりしていたら筋肉が弱ってしまいます。気温が下がって行く季節で、血行が悪くなったので、よけいに回復が遅れたのだろうと思います。

 大好きな山歩きを我慢して、なるべく足を温めるようにし、かがとを保護するカバーを使ったりお灸(せんねん灸)もして様子を見ていたら、このところだんだん良くなってきました。それで、短い距離で標高差の少ないコースを歩いてみることにしたのです。

 久しぶりの山道歩きです。普段から歩くのが遅い私ですが、足を痛めないよう、いっそうゆっくりしたペースで歩きました。落ち葉が積み重なった道は足裏への当たりが柔らかく、その感触が久しぶりなので、有頂天になるほどの快感でした。ゆるい傾斜が続き、息が上がることもなく、気分は最高です。

 頂上? 市街地の眺めが素晴らしい。向こうの山は、後1カ月もすれば桜に覆われます。

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 ほんの1分ほど、急な下りと登りを歩くと、鉄塔のある場所に出ます。

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ここからの眺めも素晴らしい。

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 もっと歩きたかったけど、リハビリ第1回なので帰ることに。山道の登り下りではかがとの痛みはほとんどなかったのですが、舗装路に出て駅まで歩く途中で痛くなってきました。登山口と駅の間の距離がけっこう長いのです。帰宅してからさらに強い痛みがやってきました。この1カ月ほどは感じなかった強さの痛みです。

  あーあ。なかなか思うようには行きません。完全復帰までの道のりはまだ長く続きそうです。


 なんだか写真がどれもぼやけていますねえ。調べてみたら、アイフォン のレンズが汚れている可能性が高いらしい。この次はレンズをきれいにして写してみます。

 

追記

 昨日は1カ月くらい逆戻りしたかと思うほど痛かったのに、今朝はほとんど痛みません。狐につままれたような。うまく行けば、1週間後に2度目のリハビリ歩きができるかもしれません。

能「土蜘蛛」(大槻能楽堂)

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 大槻能楽堂で2月8日に「土蜘蛛」を見ました。まずはあらすじをご紹介します。能ドットコムのサイトからお借りしました。

病気で臥せる源頼光(みなもとのらいこう)のもとへ、召使いの胡蝶(こちょう)が、処方してもらった薬を携えて参上します。ところが頼光の病は益々重くなっている様子です。

胡蝶が退出し、夜も更けた頃、頼光の病室に見知らぬ法師が現れ、病状はどうか、と尋ねます。不審に思った頼光が法師に名を聞くと、「わが背子(せこ)が来(く)べき宵なりささがにの」と『古今集』の歌を口ずさみつつ近付いてくるのです。よく見るとその姿は蜘蛛の化け物でした。あっという間もなく千筋(ちすじ)の糸を繰り出し、頼光をがんじがらめにしようとするのを、頼光は、枕元にあった源家相伝の名刀、膝丸(ひざまる)を抜き払い、斬りつけました。すると、法師はたちまち姿を消してしまいました。

騒ぎを聞きつけた頼光の侍臣独武者(ひとりむしゃ)は、大勢の部下を従えて駆けつけます。頼光は事の次第を語り、名刀膝丸を「蜘蛛切(くもきり)」に改めると告げ、斬りつけはしたものの、一命をとるに至らなかった蜘蛛の化け物を成敗するよう、独武者に命じます。

独武者が土蜘蛛の血をたどっていくと、化け物の巣とおぼしき古塚が現れました。これを突き崩すと、その中から土蜘蛛の精が現れます。土蜘蛛は千筋の糸を投げかけて独武者たちをてこずらせますが、大勢で取り囲み、ついに土蜘蛛を退治します。

・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・

 前シテ(法師、実は土蜘蛛の精)を演じたのは大槻文藏さん。私の一番好きな能楽師さんです。不気味な空気をまとった人物なのですが、きりっとして魅力的に見えました。ゆっくりとしか動かないのに、突然、手から糸を投げつけるので息を飲みました。その糸がたゆたうような動きを見せながら、美しい放物線を描いて何十本も飛ぶので、見とれてしまいます。届く範囲も思いがけないほど広いです。

 この糸は薄い和紙を3ミリ幅ほどのひも状に切って、細かく捻り、巻いて玉にしてあります。一直線ではない、独特の動きを見せるのは捻られているからでしょう。こうしたものはきっと一つ一つ手作りなので、準備が大変だろうなあと想像しました。法師は3つ4つ、糸を投げつけ、頼光に切りつけられて消えます。

 後場は、後見が運び込んで舞台中央やや奥のあたりに据えた山(土蜘蛛の巣)から後シテの土蜘蛛の精が現れます。「葛城山の土蜘蛛」と名乗るので、この巣は大和葛城山にあるということになります。前に紹介した能「葛城」も葛城山にまつわる伝説をもとにした作品でした。葛城山には古代の伝説がいくつも残っているようです。

 後シテを演じたのは大槻裕一さん。文藏さんの芸養子で23歳という若さです。通常は前シテ、後シテを一人の能楽師さんが演じます。今回、前後で演者が替わったのは、後場でのシテの動きが激しいので高齢の文藏さんより若い裕一さんの方がふさわしいという判断がされたのではないかと思います。それにこの曲は案外、上演される機会が少ないので、若い裕一さんに演じる機会を作る意味もあったのでしょう。

 後場ではシテは何度も何度も糸を繰り出します。見ていて華やかで、スリリングです。舞台の上は糸だらけ。シテもワキもそれを引きずりながらすり足で歩くのが大変そうでした。

 土蜘蛛というのは、実は大和朝廷に征服された先住民のことなのだそうです。ある能楽師さんのブログではこの役を演じる時、ショー的な要素だけにとらわれず、土蜘蛛の恨みや悲哀を表現することが大事だと書かれていました。でも、実際に拝見しますと、そこまで読み取ることは難しかったです。つまり単純に楽しめてしまうのです。

 この作品も歌舞伎が取り入れていて、見たことがあります。歌舞伎では「土蜘」と書いて「つちぐも」と読むようです。どの俳優さんが土蜘蛛の精を演じたかはすっかり忘れてしまいました。「石橋」と同じように、激しい動きや視覚的な美しさに富んでいて、歌舞伎化しやすい曲だと言えます。

 ワキ(独武者)は福王知登さん。囃子方は、笛、貞光智宣、小鼓、成田奏、大鼓、山本寿弥、太鼓、上田慎也と、若い方々でした。

 

動画を見つけました。

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能「石橋(しゃっきょう)」を見ました(大槻能楽堂)

 

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あらすじ(the能.comのサイトよりお借りしました)

中国・インドの仏跡を巡る旅を続ける寂昭法師[大江定基]は、中国の清涼山(しょうりょうぜん)[現在の中国山西省]にある石橋付近に着きます。そこにひとりの樵の少年が現れ、寂昭法師と言葉を交わし、橋の向こうは文殊菩薩の浄土であること、この橋は狭く長く、深い谷に掛かり、人の容易に渡れるものではないこと[仏道修行の困難を示唆]などを教えます。そして、ここで待てば奇瑞を見るだろうと告げ、姿を消します。

寂昭法師が待っていると、やがて、橋の向こうから文殊の使いである獅子が現われます。香り高く咲き誇る牡丹の花に戯れ、獅子舞を舞ったのち、もとの獅子の座、すなわち文殊菩薩の乗り物に戻ります。

・・・・・・・・ここまで・・・・・・・

 2月6日(土)、大槻能楽堂で開かれた「大槻同門会能」のプログラムの最後でこの曲を楽しみました。今回は「大獅子」という小書が付いていたので、前シテの「樵(きこり)の少年」は老人に代わり、前場のあと、アイ狂言を挟まず後場に続きます。後シテは白獅子と赤獅子の二人です。つまり連獅子! 獅子が一人だけの時は赤獅子だそうです。

 歌舞伎舞踊の「石橋物」「獅子物」と呼ばれるジャンル(両者は厳密には違うらしいのですが、詳しいことはよく知りません)は「連獅子」のほか「相生獅子」「英(はなふさ)執着獅子」「春興鏡獅子」など見たことがあり、大好きなジャンルでした。そのオリジナルが能の「石橋」だということは以前から知っていましたが、これまで拝見する機会に恵まれず、この日やっと見ることができました。今回は「新型コロナウイルス終息祈念」と題された公演でしたから、この勇壮で華麗で寿ぎの気分に溢れた曲が選ばれたのでしょう。

  後場で獅子が登場する場面ではまず独特の鋭いお囃子が演奏され、期待感が高まります。白頭(しろがしら)をかぶった獅子、続いて赤頭をかぶった獅子が現れます。獅子は文殊菩薩の霊獣です。白頭は老成していることを表します。赤頭は神通力を持った存在であることを表しますが、ここでは後で見るように、白頭より若いということが示されていました。金銀をふんだんに使った装束の華麗さに目を奪われました。 

 白獅子は威厳があり、はじめは比較的ゆったりとした動きを見せます。赤獅子は動きが速くて俊敏です。一回転?一回転半?してぴたっと着地する所作を何度も見せます。白獅子も次第に興に乗るかのように、豪快な舞を繰り広げます。

 お囃子も激しく盛り上がっていき、見ていて気分が高揚しました。

 豪壮華麗な獅子の舞を見、大きく鳴り響く演奏を聴いて、すっきりと邪気を払っていただいた気がしました。

主な演者は次の方々です。

 シテ 赤松禎友  シテツレ 山田薫

 ワキ 喜多雅人

 大鼓 山本哲也  小鼓 成田達志

 太鼓 中田弘美  笛  斉藤 敦

 後見 齊藤信隆、大槻文藏

 

 歌舞伎舞踊の「連獅子」にも少し触れておきましょう。『日本舞踊ハンドブック』(藤田洋著、三省堂)によると、文久元年(1861)に、河竹黙阿弥作詞、二代目杵屋勝三郎作曲で作られました。現在のような「松羽目物」(能舞台を模した舞台装置で演じる形式)になったのは明治34年(1901)からだそうです。

 前場では狂言師右近と左近の親子が登場し、手に小さい獅子を持って踊ります。見せ場は親が子を敢えて崖から突き落とし、谷底(花道)へ落ちた子がしばらくして崖を駆け上り、親子が再会するという下りです。

 後場では二人は獅子の扮装に着替えて現れます。顔に隈取りを施し、親は白い毛、子は赤い毛を被っています。能の被り物よりずっと長くふさふさしています。衣装は能の装束をまねた豪華なものです。

 見せどころは二人が毛を床に叩きつけたり(菖蒲打ち)、大きくリズミカルに回す(巴、逆巴)場面。二人の息がぴったり合っていないと見ていられません。親子や兄弟で演じられるケースが多いのもそのためでしょう。中村勘三郎が元気だった頃、勘三郎が親獅子、勘九郎七之助が子獅子を演じる三人連獅子を披露していたのが記憶に新しいです。

 クライマックスで長唄が「獅子団乱旋(とらでん)の舞楽のみぎん」とうたうのが印象に残って、あれはどういう意味だろうと長年不思議に思っていました。今回、能の「石橋」を見て、あの詞章は能から取ったこと、「獅子」も「団乱旋」も舞楽の曲の名前だということがわかりました。最後は「獅子の座にこそ直りけれ」で決まるのですが、この言葉も能の「石橋」そのままでした。

 前半で親が子に課す厳しい試練、それを乗り越えて親の元に戻る子の健気さ、親子の情愛を打ち出し、後半では豪快で速い毛振りを見せるところが歌舞伎のオリジナルです。

 同じ古典芸能でも能と歌舞伎は質が違います。能には神事の性質があり、歌舞伎は娯楽だと私は思っています。歌舞伎の「連獅子」は能の「石橋」を巧みに取り入れ、出来の良いエンターテインメントに仕上げているなあと感心します。

 

能「石橋」の動画を見つけました。

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浅草寺特設舞台で上演された中村勘九郎七之助兄弟の歌舞伎舞踊「連獅子」。ダイジェスト版です。

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京都観世会館の字幕表示サービス

   京都観世会館では昨年から字幕サービスを提供しています。国立文楽劇場では舞台の上の方に電光掲示板のようなものが取り付けられていて、そこに太夫が語る床本の文言が表示されます。京都観世会館の場合はそういう方式ではなく、スマホのような機器を貸し出すシステムです。機器の形や大きさは国立文楽劇場のイヤホンガイドに近いです。

 開演前は、この機器の画面で能についての解説が読めます。舞台の平面図と説明(橋掛かりなど)、演者について(シテ、ワキ、地謡、囃子など)など、さまざまです。

 開演後、字幕表示が始まります。謡の文言が逐次、表示されるのです。これがとても便利です。謡の言葉は古い日本語なのでそれ自体がわかりにくい上に、シテは面をつけていることが多いので声がくぐもって、なおさら聞き取りにくいのです。地謡の謡の内容も聞き取るのはなかなか難しいです。お囃子の音が重なるというのも理由の一つです。

 謡の文言にこだわらなくても見ているだけで良い気持ちになれる曲も中にはありますが(「羽衣」など)、何を言っているのかがわかると、能鑑賞のハードルはずいぶん下がります。

 借りるには簡単な申込書を記入し、身分証明書(運転免許証など)を提示します。この手続きを一度済ませるとカードを渡され、次からはこのカードを提示すればいいだけになります。

 使用料は1000円と、ちょっと高い。使う人が増えれば値下げするかもしれませんが、今のところ少数のようです。

 もう一つ残念なのは、詞章の表示のタイミングが遅れること。シテや地謡の謡が次へ進んでいるのに、その部分が表示されるのが少し遅れます。「今、なんて言ったのかな?」と画面を見ても、まだ前の部分が残っていて、少したたないと表示が変わりません。わずかな時間差であっても、その間、目が舞台と画面を行ったり来たりすることになるので疲れます。ここのところだけ改善してもらえるといいなあと思います。

能「葛城」大和舞 その2(京都観世会館1月例会)

 後見が1m弱四方の台の四隅に柱を立てて幕で覆ったもの(「山」というらしいです)を舞台中央、小鼓方・大鼓方の前あたりに運び出します。幕は白で、屋根もわただったか、白いもので覆われています。雪を表しているのです。

 前シテは白い唐織を壺折りにした装束で橋掛りに登場します。白い笠もかぶっています。作り物の白とシテの装束の白とが、雪が深く降り積もって白一色に覆われた風景をイメージさせてくれます。壺折りの下からのぞく小袖(?)に目が吸い寄せられました。地の色が、橋掛りでは灰色がかった紫に見えて、渋い美しさだったのです。舞台に進むと、緑がかったグレーに見えて、これもきれいでした。色が変わって見えるのは光線の加減でしょう。雪持ち笹の文様も見事です。

 シテを演じたのは観世清和さん。観世流のご宗家です。この方はいつも装束が豪華で目の保養になります。能の五流派はどちらも古い家柄ですが、中でも今一番隆盛しているのは観世流。ご先祖から受け継いだ装束や、当代で新調なさったものなど、装束類をたくさん所蔵しておられるのでしょう。

 ワキの山伏は福王茂十郎さん。昨年、文化功労者に認定されました。私が拝見するのは昨年1月、同じ京都観世会館で上演された「羽衣」以来かもしれません。子息、それも和幸さんの弟さんの知登(ともたか)さんを拝見する機会が多かったです。

 中入でシテは作り物の中に入り、装束を着替えます。後見の林宗一郎さんが手伝っておられましたが、狭い「山」の中で短い時間で装束を替えるのは、それ自体が鍛え上げた技術の一つなのでしょう。

 後シテの装束は、黄色系の淡い地色に雅楽器を散らしたもの。天冠には赤く色づいた蔦が飾られています。この姿もとてもきれいでした。面は前・後ともに美しい女性を表すもので、「醜い容貌」を思わせる要素はまったく見られません。舞姿も優雅。うっとり惚れ惚れと見とれてしまいました。

 囃子方の顔ぶれも豪華。大鼓は河村大さん。小鼓は大倉源次郎さん。太鼓、前川光長さん、笛、杉市和さんでした。話の細部にこだわるのをやめて、美の世界に浸りました。

 休憩を挟んで仕舞「難波」林宗一郎さん、「屋島」杉浦豊彦さん。最後の演目は能「小鍛冶」でした。「小鍛冶」については以前書きましたので省きます。

 能を見るとき、なかなかその世界に入っていけず、心に触れるものを感じ取れないうちに終わってしまうこともよくあります。この日は大好きな「翁」から始まったからか、終始、舞台上の世界に気持ちがすっと溶け込んで行きました。耳に心地よく響く日本語の言葉、謡とお囃子の音楽、両方のシャワーを全身に浴びた気がしました。

 なぜかときどきお香のかぐわしい香りが舞台から漂ってきました。演者の装束にたきしめられていたのか、鏡の間でお香をたいていてそれが装束や髪に染み込んだのか、よくわかりません。

 今月はあと1回、お能を拝見します。文楽の初春公演は昨日、第2部を見て、後日、第3部を見に行きます。コロナ対策で、今は3部制をとっているのです。1月は古典芸能三昧の月になりそうです。