冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

「翁 弓矢立合 三人之舞」(大槻能楽堂)

 明けましておめでとうございます。

 元旦から大地震のニュースが飛び込んできて、「おめでとう」と言うのをためらってしまうような年明けでした。

 阪神淡路大震災で被災した経験がありますので、震度4や5の余震が繰り返しやってくる怖さや、ライフラインが途切れた心細さ・不便さを知っています。今その事態に直面している方々の気持ちが我がことのように想像され、胸が痛みます。孤立した集落、生き埋めになった方々。辛くて、ニュースを見続ける事ができません。ボランティアの皆さんが駆けつけているらしいことがせめてもの救いです。私はせめて募金だけでもさせていただこうと思っています。

 4日に、毎年恒例の「翁」鑑賞に行ってきました。今年は大槻能楽堂創立九十周年にあたるのだそうで、その記念公演の一つとして開かれたものです。そのためか、いつもの「翁」にはない「弓矢立合」と「三人之舞」という小書(特殊演出)が付いていました。

 通常は翁は一人だけですし舞台上で翁の面(おもて)をつけるのですが、「弓矢立合」では翁が3人になり、面はつけません。詞章も一部違っていて、「雲の上まで名をあぐる 弓矢の家を守らん」というような言葉が出てきました。能が武家の式楽だった江戸時代、新年の謡い初めにはこの形で必ず上演されたのだそうです。

 3人の翁を演じたのは観世清和、大槻文藏、観世銕之丞。超豪華な顔ぶれです。色が少し違うだけでほぼ同じ装束で、面をつけず、並んで同じ所作をするので、それぞれの持ち味がよくわかるというか、見え過ぎてしまう気がしました。私はやっぱり文藏さんが一番、翁らしくていいなあと思いましたが、その文藏さんも、直面(ひためん。面をつけていない状態)では、いつもの翁面をつけた時に比べると神様らしさが薄く感じられて、物足りなかったです。

 「三人之舞」という小書は後半の三番叟を3人で舞うことを指していました。こちらは野村万作、萬斎、裕基という野村家三世代の出演。これも豪華です。

 三番叟はかなり激しい動きをするので、万作さん(92歳)は大丈夫なのかなあと初めは気になりましたが杞憂でした。萬斎さんと裕基さんが3回回るところで万作さんは2回だけ回ったりするとはいえ、体の動きが若い時のようにはいかないのを利用して、かえって味わいを出しているように見えました。

 2度ほど、回った時に袖が萬斎さんや万作さんに触れそうになって、ヒヤリとしましたが、私の心配しすぎ(?)だったかもしれません。萬斎さんの舞は型がびしっと決まっていてどの瞬間を切り取っても美しく、裕基さんは発展途上というふうに見えました。「烏跳び」は万作さんが低く1回、萬斎さんが高くしなやかに1回、裕基さんが3回跳びました。

 翁の舞に先立って場を清める千歳(せんざい)の役は大槻裕一さん。「道成寺」を披いた舞台の記憶がまだ新しいです。若さがみなぎるだけでなく、折目正しい爽やかな千歳でした。今までに見た千歳の中でもトップクラスでした。

 囃子方は小鼓の頭取が成田達志さん。大鼓はやっぱりこの人!な亀井広忠さん。竹市学さんの笛もとてもよかったです。

 華やかな「翁」でしたが、いつも「翁」を見た後に感じられる、心身を清めてもらったというすがすがしい感じはあまりしませんでした。やっぱりいつもの「翁」がいいなあ。来年の1月4日にはまた文藏さんが一人で「翁」をなさるらしいので、それが今から楽しみです。お正月に来年のお正月のことを言っているなんて、鬼が大笑いしそうですけどね。

 この日は、「翁」に続いて狂言「三本柱」(野村萬斎)、能「望月」(観世銕之丞、福王知登)が演じられました。