冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「翁」(大槻能楽堂)

 4日に大槻能楽堂で大槻文藏さんの「翁」を見ました。私にとって、ここ数年、お正月の恒例行事です。昨年はコロナのため公演がなかったので、今年再び文藏さんの「翁」を拝見できたのはとびきりうれしいことでした。

 「翁」は成立年代がよほど古い芸能であるらしく、内容が普通に「能」という言葉からイメージするものとはずいぶん違っています。謡も「とうとうたらりたらりら。たらりあがりららりとう」など、意味不明の呪文のような言葉で始まります。全体として、神事の色合いが濃いように思います。

 シテは翁。おじいさんです。舞台の上で翁の面をつけると、神様になります。文藏さんの翁は人間離れした空気をまとっていて、本当に神様のよう。見ているととても清々しい気持ちになれるので、お正月にぴったりです。

 ほかの出演者は次のとおりでした。

 面箱  石田淡朗

 千歳  谷本健吾

 三番叟 野村太一郎

 大鼓  亀井広忠

 小鼓 頭取 吉阪一郎

    脇鼓 上田敦史

    脇鼓 吉阪倫平

 笛   竹市 学

 後見  赤松禎友

     大槻裕一

 地謡  上野朝義ほか7人の方々

 狂言後見 野村萬斎

      高野和

 

 面箱の石田さんは初めて拝見したように思います。素晴らしい声! 調べてみると、国際的に活躍しているユニークな才能の持ち主のようです。

 千歳(せんざい)の谷本さんは40歳くらい。この役は翁の舞の前に若い人のエネルギーで舞台を清める役割なので、たいていは若い能楽師さんが務めます。谷本さんはそれほど若くないので、意外な気がしました。

 野村太一郎さんの三番叟は初めて見ました。ボリュームのある体つき。三番叟の激しい舞の後でも、息が少しも乱れていないのに驚きました。

 後見の野村萬斎さんは舞台後方で太一郎さんを鋭い目つきでずっと凝視なさっていて、渋い表情を浮かべていました。この役を若い頃から何度も演じてきた萬斎さんの目には、不十分なところが目に付くのかも。何年前だったか、子息の裕基さんが三番叟をなさったとき、後見の萬斎さんがひどく不機嫌な表情だったのが忘れられません。自分の息子には一段と厳しい評価になるのでしょうね。

 大鼓の亀井広忠さん。翁の舞が終わり、三番叟の舞が始まる前に、切戸口からお弟子さんらしき方が風呂敷包みを持ってきて、風呂敷をほどくと、大鼓が。広忠さんは持っていた大鼓をそれと取り替えました。大鼓は皮を火に当てて乾かした状態で打ちます。新しい鼓はお弟子さんが直前まで楽屋で火に当てていたんだろうなと想像しました。

 そして、その大鼓を打ち始めたときの、音の凄まじさと言ったら! カーン、カーンという大きな音がずしっずしっと体に響いてきました。合いの手の声が高くて、これも大迫力。場の空気が一変したように感じられました。

 会場は久しぶりに満席で着物姿の女性や男性も多く、お正月気分が満喫できました。以前は「翁」のあと、ロビーで鏡割りが行われ、お酒が振る舞われたのですが(飲めない人には甘酒が用意されていました)、感染予防のため今年は中止。確かに、さほど広くないロビーが過密状態になりますから、仕方ないなあ。と思いつつ、やっぱり少し寂しかったです。