冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

京舞と能「鉄輪(かなわ)〜大槻能楽堂「ろうそく能」 続き

 能「鉄輪」の主な出演者は次のとおりです。

シテ 前シテ 女、後シテ 女の生霊 大槻文藏

ワキ 安倍晴明 福王知登

ワキツレ 下京の男(女の夫) 喜多雅人

アイ 貴船の社人 野村裕基

 

大鼓 河村 大

小鼓 幸 正佳

太鼓 前川光範

笛  杉 市和

 

 前シテの女は橋掛かりを非常にゆっくりと歩みます。京都市左京区あたりから来るのだそうで、貴船神社までは昼間でも2時間はかかるのだそう。文藏さんの姿を見ていると、灯りもない真っ暗な道を女が歩いているのがわかります。そして、その心の中はもっと闇に閉ざされているのだろうと想像できました。

 貴船神社の社人からお告げを聞くと、女の様子が変わり、度肝を抜かれるような素早さで去っていきます。登場のときの緩やかさと対照的でした。

 この後、妻を捨てて別の女に走った男と安倍晴明とのやりとりがあり、舞台正面に一畳台が置かれます。これは晴明が作った祭壇で、夫と新しい妻の身代わりとして紙の人形、妻の髪、夫の烏帽子が置かれています。

 後シテは「生成(なまなり」という般若に近いような恐ろしげな表情の面を付け、お告げのとおり頭に鉄輪を乗せ、鉄輪の3本の足にそれぞれろうそくを立て、打ち杖を持って現れます。生霊には祭壇の人形、髪、烏帽子が新しい妻と自分を捨てた夫に見えるのです。女は恨み、憎しみを晴らそうと祭壇に近寄ります。生々しいのは、髪を手に巻き付けて強く引っ張るところでした。

 生霊は晴明が招じ入れた三十番神(この意味がよくわかりません)に恐れをなして力を失います。地謡の「時節を待つべしや。まづこの度は。帰るべしと言ふ声ばかりはさだかに聞こえて言う声ばかり聞こえて姿は目に見えぬ鬼とぞなりにける、目に見えぬ鬼となりにけり」という謡とともに立ち去っていきます。文藏さんのシテはいつものことながら強いオーラのようなものを放っていて、終始目が離せませんでした。

 囃子方では杉市和さんの笛が強烈でした。どの場面だったか忘れてしまったのですが、同じ音程でずっと長く吹き続け、それを何度も繰り返しました。その音色がこの世のものとは思われないほど強くて、頭の芯が痺れるような感じがしました。

 この日も客席は市松状態。でも、満席でした。「ろうそく能」にぴったりの「鉄輪」という曲、しかも井上八千代、大槻文藏という人間国宝二人の共演ですから、人気を呼んだのでしょう。公演再開後に私が大槻能楽堂に来たときはいつもお客が少なくて心細くなるほどでしたので、この日の盛況ぶりにはうれしくなりました。