冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「菊慈童」を見ました

 9月9日の西宮能楽堂公演の続きです。
 今回の公演は「『重陽節句』〜菊の葉の露のなぞ〜能『菊慈童』」というタイトル。いつものように、まず梅若基徳さんが解説をされました。
 9月9日は「重陽節句」です。中国では奇数は陽の数字、偶数は陰の数字とされ、陽の数字のほうがめでたいのです。そこで、3月3日、5月5日、7月7日が特別な日となりました。

 中でも最大の奇数である9が重なる9月9日は最もめでたい日でした。陽の数が重なるので、「重陽(ちょうよう)の節句」と呼びます。
 この日、菊の花の上にわたを置き、菊の露を染み込ませ、そのわたで顔や体を拭くと不老長寿の薬になると言われて来ました。

 どういうわけか日本では9月のこの節句は3月、5月、7月ほどにはその重要性が長くは伝わって来ませんでした。
 「菊慈童」は菊と不老長寿の関わりを描いているので、まさに重陽節句にふさわしい演目なのです。

 解説の後、「囃子フリートーク」。小鼓体験の指導をされた上田慎也・敦史兄弟による「兄弟で違うお囃子方を志して」と題してのフリートークです。さらに梅若基徳さんが指導して「菊慈童」の謡の一部をお客が稽古しました。
 毎月お決まりのこうしたプログラムの後、「菊慈童」が上演されました。主な配役は次のとおりです。

   シテ 慈童   梅若雄一郎(基徳さんの子息)
   ワキ 勅使   原   大

   大鼓   山本寿弥
   小鼓   上田敦史
   太鼓   上田慎也
   笛     貞光智宣

   後見   梅若基徳
         梅若猶義

   地謡   今村哲朗
         井戸良祐
         上野朝彦

 あらすじを『能楽ハンドブック』(三省堂)から紹介します(一部、書き替えています)。

  魏(ぎ)の文帝の臣下(ワキ)が「てつ(見慣れない漢字で、パソコンでは出て来ません)県山の麓から薬の水が湧き出た。みなかみを見て参れ」との勅命を受け、山中に分け入り、慈童(シテ)に出会います。慈童は少年の姿をしています。
 「何者か」と問われて慈童は「自分は周の穆王(ぼくおう)に仕えていた者だ」と答えます。穆王の寵愛を受けていたが、あるとき穆王の枕をまたいでしまい、その罪で深山に追放されたのです。
 周の穆王の時代は700年も前のこと。勅使が「700年も昔の人間とは、妖怪変化か」と怪しみます。
 追放されるとき穆王が哀れんで、枕に妙文(みょうもん。お経の一部分)を記して与えていました。慈童はその妙文を菊の葉に写し、葉に降りた露の滴りが不老不死の薬となり、700歳もの長寿を保つことになったと気づき、喜びの舞を舞います。
 そして、てつ県山の山の水は菊水の流れ、その泉はもともと酒なのだからと、勅使にもすすめ、自らも飲み、菊の花を折り敷いて寝ます。
 やがて目覚めると、700歳の寿命を文帝に捧げて、庵に入って行きます。祝言性の濃厚な曲。

・・・・・・・・・・ここまで・・・・・・・・・

 内容がわかりやすく、装束がきらびやか。作り物も二つも出て、そのうちひとつは菊の花で周りを取り巻いた寝台なので、華やかでした。
 「菊水」という名前の日本酒がありますが、ここから取られた名前なんですね。

 終了後、脇正面の座席を片付けてテーブルと椅子が置かれ、「能楽師とのティートーク」が行われました。これは予約していなかったのですが、まだ空きがあるとのことでしたので、申し込んで参加しました。

 梅若基徳さんのほか、途中から雄一郎さんも来られました。
 ここで出たお話で、驚いたのは、一つはこの能楽堂の建設に当たって、西宮市は一切、補助をしていないということでした。「文教都市」を謳い文句にしている自治体なのに、意外でした。

 もう一つは、「菊慈童」の穆王と慈童は同性愛の関係だったということです。謡の詞章に「寵愛」という言葉が出て来たので引っかかっていたのですが、やはりそうでした。穆王の周りには慈童だけでなく、何人かの少年がいたようです。

 ここで話は突然NHK大河ドラマへ。世阿弥はとてもドラマチックな生涯を送った人物なので、大河ドラマの主人公として取り上げられても良さそうなのに、決して取り上げられることはない。それは、足利義満世阿弥が同性愛の関係にあったからだそうです。
 このことは史実なので(私も知っていました)触れないわけにいかないし、NHKとしては大河ドラマでそうした性の問題は扱いたくないのだとか。
 「信長」では森蘭丸が登場しましたが、信長との同性愛の関係には触れませんでした。

 身分の高い男性が美少年を「寵愛」するという同性愛は広く行われていたことでしたし、一般社会でもよくあることだったのです。義満と世阿弥の関係は不思議でもなんでもないのですが、いつの頃からか(江戸時代も、当初はあったらしいです)廃れ、今では例えば芸能人が同性愛者だとわかると、袋叩きにあうようになりました。

 こんな話が飛び出して興味深く、また基徳さんが「後ほど舞台に上がってもらいます」とおっしゃっていたので、それも楽しみだったのですが、私は後にまだ用事が入っていたので、途中で退席しました。残念でした。

 次回、10月の公演は「井筒」です。超有名な曲なのに、私はまだ見たことがありません。最近では9月1日、大津の伝統芸能会館で味方玄(みかたしずか)さんがシテを勤めて上演されています。
 実はこの公演のチケットを早くから取っていたのですが、毎年8月末に行われる素人義太夫発表会が今年は会場の都合で9月2日になり、本番前日になってしまったので行くのを断念しました。
 というわけで初めての「井筒」です。とても楽しみです。