冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「松風」を見ました

 京都観世会館で能「松風」を見ました。

 数多い能の曲の中でもとりわけ人気の高い作品。以前から見たいと思っていたところ、ようやく念願がかないました。

 チラシに掲載されたあらすじの一部を紹介します。
 西国行脚の僧が須磨の浦に着くと、磯辺に立つ由ありげな松に目が留まる。所の者に尋ねると、松風・村雨という姉妹の海士(あま)の墓標であると教えられる。僧が二人の跡を弔っていると、秋の日は暮れてしまった。里もない。辺りに在った塩屋に泊るべく、主を待つことにする。
 美しい海士少女が二人、月影に汐を汲む。夜風に世を渡る業を嘆きつつも、月に戯れる風情。実は二人は、歌人在原行平がこの須磨に下った折に契りを結んだ、松風・村雨の幽霊であった。
 …略…

 美しい装束をまとった松風と村雨が舞と謡を同調したり、微妙に離れたり。衝突する場面もあります。その全てが詩情に溢れ、ドラマチックで美しい。主旋律と副旋律。見る音楽のようです。
 シテは観世清和観世流のご宗家です。ツレは林宗一郎。京都で活躍する若い能楽師さんです。

 やがて松風は行平の形見の装束を身にまとい、狂乱します。男性である能楽師が女性を演じ、その女性が男性の装束を着て男性に同化する。ここは三重の構造です。
 元の装束も行平の装束も実に美しくて、それを見ているだけでも心が洗われます。

 私はこれまで能を見るとき、登場人物との間に距離を置いて、客観的に理解しようとしていました。
 「松風」の場合、恋という普遍的なテーマを扱っているからか、身も狂うばかりの激しい思いにたやすく共感できました。これまでにない感動です。
 観世清和の声は独特で耳に心地よく、言葉の一つ一つが胸に届きます。面をつけていても明瞭に聞き取れることにも驚きました。

 台風の接近で雨天だというのに、着物姿の女性が何人もいました。着慣れているから、着物のほうが楽なのでしょうか。住まいから会場までの距離が近いのかもしれません。
 秋らしい色や柄の小紋、しっとりした味わいの紬など、こちらも眼福でした。