冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「烏帽子折」(京都観世会館)

 「烏帽子折(えぼしおり)」のあらすじです。

 京都で貴重な品々を買い込んだ商人の吉次(ワキ)・吉六(ワキツレ)兄弟は東に向かって旅立つ。そこへ一人の少年(子方)が来て、旅の道連れにしてほしいと頼む。この少年、実は鞍馬山を飛び出した牛若で、追われる身だった。

 近江の鏡の宿に着き、一行は宿をとる。追っ手が迫っていることを知った牛若は、稚児姿だったのを元服して髪を切り、烏帽子をつけることで敵の目を欺くことにする。
 牛若は烏帽子屋を訪れ、左折の烏帽子を注文する。左折は源氏独特のもの。烏帽子屋の主人(前シテ)は平家全盛の世なのに、と訝りつつも注文どおりに仕上げる。

 烏帽子を受け取った牛若は礼にと、刀を差し出す。その刀があまりにも立派なので、主人は妻を呼んで見せる。すると妻は涙を流す。
 この妻は実は源義朝の家来の妹で、その昔、幼い牛若にこの刀を持たせた当人だった。主人は刀を牛若に返す。牛若は夫婦と別れを惜しみながら、吉次たちと旅を続ける。


 赤坂宿に着く。この辺りは悪い盗賊集団が幅を利かせている。宿をとったものの、宿の主人から今夜にも夜襲がありそうだという情報が入り、吉次と吉六は出立しようとする。牛若は二人を制止して、自分が盗賊たちの相手をすると話す。

 夜更け、まず手下の3人組(狂言方)がやって来て、松明を手に押し入るが、牛若に松明を払い落され、命からがら逃げ出す。
 盗賊の本隊7人と、首領の熊坂長範(後シテ)が来襲し、牛若と斬り合って次々と倒される。最後に熊坂長範が牛若に向かうが結局、切り倒される。

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 登場人物が多いので、舞台の上がとてもにぎやかです。とりわけ後半、盗賊来襲の場面が盛り上がります。先発隊の3人は初めからこわごわで、押し入ってからの振る舞いや牛若にあっさり負けてしまう様子が滑稽で笑えます。

 本隊はさすがに屈強そうな男たち。熊坂長範をしんがりに8人が橋掛りにずらりと並ぶのが壮観です。
 一人ずつ牛若と斬り組みを見せ、ある人は立っている姿勢から床に仰向けに上半身全体を打ち付けるようにしてどん! と倒れます(「仏倒れ」というらしい)。別の人は飛び込むようにして前転し、去っていきます。どちらも、牛若に打ち負かされたことを表す動きです。

 熊坂長範は装束も大きくて、怪物のように見えました。牛若との斬り組みは迫力満点です。最後には橋掛かりの三の松あたりで仏倒れを見せた後、揚幕の向こうへ飛び込みながら前転して去ります。

 登場人物が多いだけに(囃子方地謡も含めると総勢32人もいたらしいです)、全員の気持ちが一つにまとまらなければとても見ていられない結果になるのだろうと思います。この日はそこがうまく行っていたようで、緊張感と迫力の溢れる舞台でした。見ていてワクワクしました。

 シテは大江信行さん。1月に「翁」を舞われた大江又三郎さんの子息です。
 牛若を演じた子方さんは又三郎さんのお孫さんの大江信之助さん。たぶん信行さんの子息なのでしょう。小学校6年生か中学校1年生くらいの年恰好に見えました。
 信之助さんは、声は物足りないのですが、斬り組みがとても上手でした。一つ一つの姿勢や動きが決まっていてりりしいのです。

 ほかのお客さんが話していたところによると、この役には子方の卒業試験的な意味合いがあるのだとか。信之助さんは見事に合格したようです。

 この日、京都観世会館は補助席が出ている上に2階席まで満席でした。味方玄さんの人気かなあと思っていましたが、途中で帰る人がほとんどいなかったので、「烏帽子折」という曲の人気もあったのでしょう。
 能=幽玄、難しいというイメージを覆す、とても楽しい演目でした。