冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

本の紹介 『12人の花形伝統芸能  覚悟と情熱』(中公新書ラクレ)

 よく訪問しているブログで紹介されていた本です。中井美穂が読売新聞で2018年から連載していたインタビュー記事に手を入れて本にしたもの。発行されたのが2019年10月で、それから3年半が経った今、この本に登場する人たちの多くは中堅クラスの中でのトップランナーとして大活躍しています。

 12人の顔ぶれは次のとおりです。

 尾上松也  歌舞伎俳優

 中村壱太郎 歌舞伎俳優

 市川染五郎 歌舞伎俳優

 竹本織太夫 文楽太夫

 鶴澤清志郎 文楽三味線

 吉田玉助  文楽人形遣い

 宝生和英  能楽シテ方

 亀井広忠  能楽囃子大鼓方

 茂山逸平  狂言師

 春風亭一之輔 落語家

 神田松乃丞 講談師

 春野恵子  浪曲

 

 市川染五郎、宝生和英(かずふさ)、春風亭一之輔、神田松乃丞、春野恵子の5人の方以外は、舞台で拝見したことがあります。尾上松也は今のように有名になるずっと前に京都の南座で見ただけですが(若手の女方で、とてもきれいでした)、ほかの方々の芸は数えきれないくらい見て(聴いて)きました。生の舞台を知らない5人も、テレビなどの映像では知っています。春風亭一之輔は亡くなった三遊亭円楽さんの後釜として最近、「笑点」のレギュラーに加わりました。

 長年の修行を要する世界に生きてきた人たちだけに、芸のうんちく話がとても興味深いです。歌舞伎と文楽は数十年親しんできた芸能なので今も愛着が深くて、それなのにこの本を読んで初めて知ったことがあったりして新鮮でした。印象的だった部分をここに紹介したいと思ったのですが、多過ぎてきりがない!

 今は能にハマっているので、宝生和英と亀井広忠の章はとりわけ面白く読みました。宝生和英さんは能の五つある流派の一つ、宝生流の家元なのですが、なんとまだ30代後半! その若さならではの頭の柔らかさ、斬新な発想が凄くて、以前から注目していました。本の中から、言葉の一部分を紹介します。

「(他の伝統芸能と比べて)能と雅楽だけは特殊で、どちらかというと美術館の作用に近い。家族のことを考えたり、自分の気持ちを整えたりするメディテーション(瞑想)の時間は、外国ではミサがありますが、日本では能を見ることだと思います。」

「今の芸能がエンターテインメントに寄っているのが、すごくもったいないなと。ある意味、メンタルケアとか、お医者さんのような役割も、芸能は担っていたんです。」

「面を付けていると、見えるものが同じ現実のものだとは思わないんです。多分、(顔の周りが)閉鎖されているから自分の声がよく聞こえることもあるかもしれない。…中略…『無』という状態は、実は自然に考えが浮かんでくる状態なのかなとも思います。考えれば考えるほど、ある時に、どんどん自分の中から答えが、勝手にあふれ出てきてくれる。壊れた水道の蛇口のように。」

 読んで、本当? そんなことないんじゃないの? と思ったのは次の部分です。

「普通のスポーツなら、練習や試合をしていけば自然と必要な筋肉が鍛えられるでしょうが、能の稽古を何百回やっても体のトレーニングにはならない。別途、体幹を強くするトレーニングをみなさん、やっています。例えばスキーと相撲に渓流釣り。この三つは能楽師としての下半身を作る上で理にかなったスポーツです。」

 能を見ていると、たいていの能楽師さんは体幹が素晴らしく強いように見えます。あれは子どものころからの謡と仕舞の稽古で鍛え上げられるものだと思っていました。腰をやや落とし、軽く前傾したような姿勢を保ちながら、すり足で歩く。それだけでずいぶんトレーニングになりそうだと思うのに、そうじゃないとは。この部分はほかのベテラン能楽師さんのお話も聞きたいところです。

 亀井広忠さんの章については次の記事に書きます。