冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「道成寺」ほか(「第五回記念 杉信の会」、京都観世会館)…その3

 上演に先立って、杉信さんが観客へのお願いをアナウンス。揚げ幕の端からちらっと姿が見えたので、その場所から話されたみたいです。飲食禁止、撮影・録音の禁止、スマホの電源を切ってください、でも曲が終わった後の拍手はどうぞ盛大にお願いします、といった内容でした。「拍手」については、能の場合は拍手をしないのが本来の観客のマナーだという考え方をする人もいるので、わざわざ付け加えたのだと思います。

 さらに、「今日は海外からのお客様も多いようですので、英語でもお知らせしておきます」。そう言って、「No eat and no drink」などアナウンスするのですが、その英語のひどさときたら! たどたどしいにも程があると思うほどへたくそな英語だったので、場内は大笑い。その笑いに杉信さんへの親近感なのか応援の気持ちなのか、愛情のような温かさが感じられました。この人はキャラそのものが愛されているようです。

 さて、いよいよ上演です。お祝いの意味のあるめでたい曲が並んでいます。まず「三番叟」。お正月などによく上演される「翁」という曲の中で狂言方が舞う部分です。今回は京舞井上流の井上安寿子さんが能の三番叟を元に創作した舞を披露されました。後見は弟さんの観世淳夫さん、笛は杉信さんです。

 能の「三番叟」は何度も見ていますが、舞台と場の全体を清めたり祝福したりする意味合いが強く感じられる曲です。井上安寿子さんの舞は舞台全体を支配するような力強い表現力で見事でした。「烏(からす)飛び」という、ジャンプを3度繰り返す場面もちゃんとあって、着物を着て高い跳躍をこなすのにはびっくりしました。杉信さんの笛には体の奥から滲み出るリズム感の良さを感じました。

 続いて「ごあいさつ」。杉信さんが舞台に登場し、開場前のアナウンスをもう一度繰り返します。英語の部分は、「先ほどはちゃんと伝わらかなかったかもしれませんので」と、白いボードに書いたものを掲げてそれを読みました。それがまた、相変わらずのとびきり下手な英語なので、またもや観客は大笑いです。

 自己紹介。杉信太朗さんは6歳で初舞台を踏んで今年が25周年の年に当たるのだそうです。それで今回は「第五回記念」と銘打った公演になっているようです。今年37歳。その若さですでに25年のキャリアというのもすごいし、自身の名前を冠した自主公演を豪華な顔ぶれで5回も重ねているのもすごいことです。

 ご本人は「能の世界では洟(はな)垂れ小僧」と言っていました。伝統芸能の世界では事実そうなのでしょう。

 途中で、井上安寿子さんを呼び出しての対談。若いお二人の会話は初々しくて、心が和みます。会場は能の公演とは思えないくらい、リラックスした雰囲気に包まれました。