冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

能「碁」(大槻能楽堂) つづき

 「碁」、能にしては風変わりなタイトルです。宣伝用のチラシなどから源氏物語の空蝉と軒端の荻が登場する場面を題材にしていることがわかりました。源氏物語は現代語訳でもちゃんと読んだことがないので、その場面だけを前もってネットで調べておきました。当日はロビーでイヤホンガイドの貸出しをしていたので、お借りしました。貸出料1000円で、保証金としてプラス1000円払います。あとの1000円は返却するときに返してもらいました。

 イヤホンガイドの解説によると、後半は僧の夢の中の出来事なのだそうです。「夢幻能」というのはそういう意味だったのか! と納得がいきました。

 空蝉と軒端の荻の面は、空蝉は「若女」、軒端の荻は「小面(こおもて)」。「小面」は「若女」よりやや小さく見えました。装束は、朱の大口袴に豪華な唐織。軒端の荻の唐織の地色は淡いクリーム色、空蝉は紫色です(紫色だとイヤホンガイドで言っていたのでそのとおり書きますが、光線の加減か、あまり紫には見えませんでした)。物着(舞台の上での着替え)の後は二人とも唐織を脱いで長絹に替えます。軒端の荻は白地、空蝉は渋い紫色地にそれぞれ金で秋草を描いたものでした。

 この面と装束の大槻文藏さんが匂い立つような美しさでした。演じているのはおじいさん(失礼)だとわかっているのに、その事実が信じられないくらいの美しさです。「楊貴妃」の最後のシーンで見た(そこまでほとんど眠っていたからですが)、楊貴妃の美しさを思い出しました。ほとんど呆然としてしまうくらいの美しさなのです。

 大槻裕一さんは文藏さんより大柄でお顔も大きく、「源氏物語」の軒端の荻が大柄な美人とされていることとうまく一致していました。裕一さんもきれいでしたが、さすがに文藏さんほどではなかったです。

 最初の方で後見が碁盤を乗せた一畳台を運んできて、舞台の中央あたりに置きます。謡が碁の仏教的な意味を語る間に、二人は一畳台に上がり、碁盤を挟んで座って、碁を打つしぐさをします。能でこんな場面を見るのは初めてです。能舞台の上は別世界のように感じられているのに(なにしろ源氏物語という虚構の世界ですから)、シテとシテツレが碁を打つという場面には日常生活の色合いが感じられるので、少し戸惑いがあり、逆に新鮮さも覚えました。

 一つだけ気になったのは、笛の杉市和さんです。囃子方が登場するとき、イヤホンガイドでは「笛、杉市和」と言っているのに、まったく別の若い能楽師さんが出てこられたので、「だれ?」と思っていたら、笛方の所定位置まで来ると、その人は切戸の向こうに去り、切戸から杉さんが出てこられました。退場の時も、杉さんだけは切戸を使っていました。立ち上がる様子や切戸から笛方の位置までの歩行には何も問題がないように見えました。幕から笛方の位置までの距離を歩くとめまいでもするのかな? 何かしら体調にすぐれないところがあるのだろうなと想像できて、大好きな笛方さんだけに気がかりでした。