冬すみれ雑記帳

山を歩いたり、お能を見たり。

「最後の講義 演出家・宮本亜門」を見て、思い出したこと

 16日に放送された「最後の講義 演出家・宮本亜門」を録画して、今日やっと見ました。

 子どもの頃から日本舞踊や茶道を習い、中学生時代には一人で京都や奈良のお寺を訪ねて仏像鑑賞にのめり込んでいたのだとか。学校ではわかってくれる友達ができず、嘲笑されたことさえあって、「なんで僕みたいなどうしようもない変わった人間を親は産んだんだ」と思い詰め、高校時代には1年間引きこもっていたのだそうです。

 その間、家にあった10枚ほどのクラシックやミュージカルのレコードを何度も繰り返し聴いて、音楽の面白さに目覚めたとのことでした。

 見ていて、「日本舞踊」「茶道」「京都や奈良のお寺」「仏像鑑賞」という言葉に反応してしまいました。

 子どもの頃、家に日本舞踊の西川流のおっしょはん(師匠のことを関西ではこう呼びます)が来ていて、祖母と姉と従姉妹が習っていました。私も姉と同じことがしたくて習い始めたのに、振り付けがさっぱり覚えられず、すぐにやめてしまいました。祖母は三味線も習っていました。その後も子ども時代にいろんな習い事をしましたが、バレエ、なぎなた、華道は続きませんでした。

 茶道は、40代の後半から習い始めて今も続けています。実は学生時代にも1年だけ習ったことがあるのですが、その時は好きになれませんでした。2度目は良い先生と出会えたので、一時は月に3度4度と先生宅へお稽古に通うほどのめり込んでいました。

 高校時代、京都や奈良のお寺を訪ねて仏像を見るのが好きだったことは、前の記事にも書きました。この趣味のきっかけは、母の本箱に見つけた岡部伊都子さんの『観光バスの行かない 埋もれた古寺』という、モノクロ写真のたくさん入った本を読んだことでした。

 ついでに言うと、日本の伝統文化の方面ばかり好きだったわけでもないのです。子どもの頃、母がテレビでよく海外の歌劇団やバレエ団の訪日公演を見ていて、私も横に座って見ました。それはまったく知らなかった世界で、ワクワクする体験でした。母はクラシック音楽も好きでLPレコードを買ってシューベルトの歌曲などを聴いていたので、それも好きになりました。私の趣味は母から受け継いだものが多いです。

 中学から高校にかけて、詩や小説を書くことが好きで、高校では文芸部に所属して校内で定期的に作品を発表していました。文才も母のDNAらしく、母は一時、同人誌に加わって短歌を詠んでいました。もともと文学少女だった母は読書が大好きで、姉と私も子どもの頃から読書が習慣になりました。

 私は今は能にはまっていますが、それも子どもの頃に歌舞伎や文楽の公演を祖母や母と一緒に見に行ったのが始まりです。当時はちんぷんかんぷんだったのに、だんだん心を引かれるようになり、高校時代からは一人で行くようになりました。文楽はその後も、何十年にもわたって見続けています。

 歌舞伎は7、8年前から見なくなりました。先先代の松本幸四郎(先代の白鸚)、先先代の尾上松緑、先代の市川猿之助(二代目市川猿翁)、六代目中村歌右衛門、先代の中村雀右衛門、先代の中村勘三郎など、昭和の名優たちの舞台を見てきたことが財産です。亡くなってしまった十八代目中村勘三郎、十代目坂東三津五郎十二代目市川團十郎、二代目中村吉右衛門の舞台も数え切れないほど見ました。一番好きな俳優さんは当代の片岡仁左衛門です。

 茶道は大人になってからの話なので別にしても、長く続いているほかの趣味は子どもの頃から高校にかけて始めたことですから、「普通の子ども」像というものがもしあるなら、その基準からずいぶん離れていたと思います。でも、それが理由で孤立感を感じたことはなかったし、高校では気の合う友達も2人できました。2人とも美術部に入っていました。

 私の趣味が「変わっている」と人から言われたことはなかったように思います。引け目を感じたこともありません。むしろテストの成績とは別のところで個性を発揮していたことが「なかなかやるね」と認められていた気がします。とはいっても、思い出は美化しがちだし、遠い昔の話なので、嫌なことは忘れただけかもしれません。

 今は学校で目立ってしまうといじめられることがよくあるみたいですが、私が育った頃には、私の知っている範囲ではそんなこともなかったです。時代がまだ、おおらかだったのでしょう。高校時代は特に、友達にも先生にも恵まれました。いろいろと悩みがあって、しんどい思いをしたこともあったけれど、環境としては幸せな思春期でした。

 一方、スポーツは何より苦手で、学校の体育の授業はいつも苦痛でした。運動なんて一生したくないと思っていたのに、50代半ばからジム通いを始め、60代で山歩きに夢中に。我ながら驚きの大転換です。今では週に1度か2度の山歩きが欠かせなくなりました。

 昨日も山の会の例会で六甲山に行ったら、コバノミツバツツジがもう咲いていました。桜も咲き始めています。この春は今までに比べて野鳥のさえずりが少なく、昨年よく見かけたメジロも姿を見せないのが気になっています。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」が近づいてきているのでなければよいのですが。